2024年07月31日
親子の間に青白い視線の火花が散るの見て
親子の間に青白い視線の火花が散るの見て、濃姫は慌てて口を挟んだ。
「畏れながら義母上様。何も殿は一人安穏と過ごしていた訳ではございませぬ。信光様の軍に何かあった折には、
すぐにでも加勢出来るようにと、自ら武器も具足も整えられ、ご家老方にも常に清洲の動きを──」
「お濃よい!」
地鳴りのような太い声が座に轟き、濃姫ははっとなって口をつぐんだ。
「確かに、母上様の仰せに間違いはござらぬ。実際に清洲勢と戦い、信友殿を自刃に追い込んだのは叔父上であって儂ではない。自らの手を汚してはいないと言われれば、その通りなのであろう」
報春院は余裕の面持ちで若干胸を張った。
「されど、此度の清洲との戦は、事実上、儂と信友殿との戦であったという事をゆめゆめお忘れなきように」 http://hkworld.blogg.se/2024/august/entry-2.html https://keizo.anime-navi.net/Entry/74/ https://keiichi76.anime-festa.com/Entry/29/
「何と…?」
「確かに叔父上は多大なる功績を上げてくれましたが、それもこれも事前の話し合いと、こちらからの的確な指図があったればこその事。
此度の戦の大将はあくまでも儂であり、叔父上はその協力者に過ぎなかったという事実を、どうぞその狭きお心でお受け止め下さいませ」
侮蔑のこもった息子の反論に、暫し二の句を継げないでいたが
「笑止な。その協力者を手にかけたのは、信長殿、誰あろうそなた様ではないか?」
まるで切り札でも出すような勢いで、報春院は畳み掛けて来た。
一瞬、場にざわめきが立った。
信光の死の委細を口にする事は、“様々な理由から”半ば禁句のような状態なのである。
張り詰めた空気の中、信長はふっと口の片端をつり上げた。
「はて、何の事でございましょう?仰っている意味がよう分かりませぬが」
「白々しい。そなたが信光殿を殺めた事くらい分かっておる」
「誰に何を聞いたかは存じませぬが、叔父上の死は、重臣・坂井孫八郎の乱心による不慮の事故であっと聞き及びまする。
…ああ、なれど、左様にございますな。巷では、叔父上が死したのは起請文に背いた故の神罰じゃと噂されているとか?
叔父上に起請文を書くように命じたのは某にございます故、確かに確かに、言い換えてみれば儂が叔父上を殺したようなものやも知れませぬな」
「いつまで惚けておられるつもりじゃ?皆々口には出さずとも、誰しもがそなた様による謀殺じゃと思うておりまするぞ」
「人が何を思おうが、この信長とは関係ござらぬ」
「いったい何故に実の叔父に手をかけられたのじゃ。この尾張を一日も早よう我が物にする為か?」
「存じませぬ」
「それとも下四郡の半分を与える事が惜しゅうなったのか?」
「存じませぬ」
信長がかぶりを振り続けると
「佐渡守殿──」
報春院はその切れ長な目を、端に控える秀貞へと向けた。
「そなた確か、信光殿亡き後にこの信長殿から、主を喪のうた那古屋城の城代を命じられたそうじゃな?」
「…はい、左様にございます」
「佐渡は父上の代より長らく織田家に仕えし一番家老にございます故、城代に最も相応しき人物と判断致し、那名古の城を任せた次第にございます」
信長が有り体に訳を述べると
「それは可笑しな話ではございませぬか、信長殿」
「何がでございましょう?」
「那古屋城ほどの立派な城ならば、わざわざ家臣を城代として置かずとも、織田家一門の中から次なる城主を定めれば良いでありませぬか?」
「畏れながら義母上様。何も殿は一人安穏と過ごしていた訳ではございませぬ。信光様の軍に何かあった折には、
すぐにでも加勢出来るようにと、自ら武器も具足も整えられ、ご家老方にも常に清洲の動きを──」
「お濃よい!」
地鳴りのような太い声が座に轟き、濃姫ははっとなって口をつぐんだ。
「確かに、母上様の仰せに間違いはござらぬ。実際に清洲勢と戦い、信友殿を自刃に追い込んだのは叔父上であって儂ではない。自らの手を汚してはいないと言われれば、その通りなのであろう」
報春院は余裕の面持ちで若干胸を張った。
「されど、此度の清洲との戦は、事実上、儂と信友殿との戦であったという事をゆめゆめお忘れなきように」 http://hkworld.blogg.se/2024/august/entry-2.html https://keizo.anime-navi.net/Entry/74/ https://keiichi76.anime-festa.com/Entry/29/
「何と…?」
「確かに叔父上は多大なる功績を上げてくれましたが、それもこれも事前の話し合いと、こちらからの的確な指図があったればこその事。
此度の戦の大将はあくまでも儂であり、叔父上はその協力者に過ぎなかったという事実を、どうぞその狭きお心でお受け止め下さいませ」
侮蔑のこもった息子の反論に、暫し二の句を継げないでいたが
「笑止な。その協力者を手にかけたのは、信長殿、誰あろうそなた様ではないか?」
まるで切り札でも出すような勢いで、報春院は畳み掛けて来た。
一瞬、場にざわめきが立った。
信光の死の委細を口にする事は、“様々な理由から”半ば禁句のような状態なのである。
張り詰めた空気の中、信長はふっと口の片端をつり上げた。
「はて、何の事でございましょう?仰っている意味がよう分かりませぬが」
「白々しい。そなたが信光殿を殺めた事くらい分かっておる」
「誰に何を聞いたかは存じませぬが、叔父上の死は、重臣・坂井孫八郎の乱心による不慮の事故であっと聞き及びまする。
…ああ、なれど、左様にございますな。巷では、叔父上が死したのは起請文に背いた故の神罰じゃと噂されているとか?
叔父上に起請文を書くように命じたのは某にございます故、確かに確かに、言い換えてみれば儂が叔父上を殺したようなものやも知れませぬな」
「いつまで惚けておられるつもりじゃ?皆々口には出さずとも、誰しもがそなた様による謀殺じゃと思うておりまするぞ」
「人が何を思おうが、この信長とは関係ござらぬ」
「いったい何故に実の叔父に手をかけられたのじゃ。この尾張を一日も早よう我が物にする為か?」
「存じませぬ」
「それとも下四郡の半分を与える事が惜しゅうなったのか?」
「存じませぬ」
信長がかぶりを振り続けると
「佐渡守殿──」
報春院はその切れ長な目を、端に控える秀貞へと向けた。
「そなた確か、信光殿亡き後にこの信長殿から、主を喪のうた那古屋城の城代を命じられたそうじゃな?」
「…はい、左様にございます」
「佐渡は父上の代より長らく織田家に仕えし一番家老にございます故、城代に最も相応しき人物と判断致し、那名古の城を任せた次第にございます」
信長が有り体に訳を述べると
「それは可笑しな話ではございませぬか、信長殿」
「何がでございましょう?」
「那古屋城ほどの立派な城ならば、わざわざ家臣を城代として置かずとも、織田家一門の中から次なる城主を定めれば良いでありませぬか?」
Posted by beckywong at
23:59
│Comments(0)
2024年07月04日
思わず「あっ」と声が出そうになる程
思わず「あっ」と声が出そうになる程、道三は驚いた。
しかし、決してその顔に当惑や動揺の色は浮かべなかった。
娘の気持ちが信長に傾いている事など、既に文を通じて知っている。
賢き姫のこと、大方こちらが信長の命を狙っていることを察して、あえて短刀を持たせたのだろう。
信長の命を守る為に──。
そこまで姫の心はこの若者に奪われてしまったのかと、道三は父親として、何やら物悲しい気持ちになった。
同時に、同性である信長に軽い嫉妬の念を覚えたが、今更彼を斬りたい等とは微塵も思わなかった。
もはや道三自身が、信長に惚れ込んでしまっているからだ。https://blog.udn.com/a440edbd/180749761 https://classic-blog.udn.com/a440edbd/180749678 https://mathew.blog.shinobi.jp/Entry/5/
「──信長様、取り敢えずこれで、御足をお拭き下さいませ」
道空が縁に駆け寄り、几帳面に折り畳まれた袱紗を手渡すと
「いや、お気遣いは無用」
信長は懐から自分の袱紗を取り出して、それでぱっぱっと足の裏の泥を落とした。
暫くして縁の上に信長が上がって来ると
「婿殿。我が娘は…帰蝶は達者で暮らしておるかのう」
道三は抑揚のない声で伺った。
「帰蝶? ──ああ、お濃のことにございますか」
「おのう?」
「某が、祝言の折にあの者に与えた名にございます。美濃から参った姫御前です故、濃姫と」
「ほぉ…あの帰蝶が、濃姫にな」
姫自身は、あくまでも尾張での自分は“濃”。
美濃側と接する時の自分は“帰蝶”。
文の上でもそのように名を使い分けていた為、道三はこの時初めて、娘の婚家での名を知ったのである。
まさか、信長がその場の思い付きで与えた名だとは思いもしない丹後は
「きっと、美濃から迎えた御高貴な姫君という尊敬の意を込めて、左様にお名付けになられたのでしょうなぁ」
と晴れやかな顔をして言ったが、内心帰蝶という名の響きを気に入っていた道三は
「ほんに、我が娘は随分と簡素な名になったものよ」
と無感動に言った。
「覚え易うてようございます。蝶のようにひらひらと、儂の手の内から翔んで行かれては困ります故」
信長は冗談めいた微笑を浮かべながら言ったが、道三にはそれが“姫は何があろうとも手放さぬ”という彼の意識表示のようにも思えた。
「…で、我が娘は如何かのう?」
「達者にしておりまする。嫁いでより一度も病床に臥せる事なく、至極健勝にございます」
「では、娘は幸せに暮らしておるのじゃな?」
道三の問いに信長はクイッと片方の眉を上げると、やおら小さく首を捻った。
「さぁ…。幸せかどうかは、某には分かり兼ねまする」
「何じゃと」
「お濃に、幸せか?などと直に問うたこともございませぬ故、俄に判断が付きませぬ」
信長は淡々とした面持ちで答えると
「なれど、親父殿」
付け足すように呟くや否や、その口元に優しい微笑を湛えた。
「少なくとも某は今、間違いなく幸せにございます。お濃という、賢くも面白きおなごを妻に迎えることが出来て」
「─…」
「夫君(ふくん)である某が、これほどに幸福というものを感じているのです。妻であるお濃の御意も、これに同じと心得まする」
信長の涼やかな貴公子の面持ちに、一瞬、恋を覚えたばかりの少年のような初々しさが覗いた時、
信長に捧げられている娘の愛が、単なる一方的なものではないことを感じた。
「婿殿、そなたはもしや、まことに帰蝶を……」
「はい?」
「いや、何でもござらぬ」
道三は慌てて首を横に振ると、その脂ぎった顔に苦笑を浮かべた。
しかし、決してその顔に当惑や動揺の色は浮かべなかった。
娘の気持ちが信長に傾いている事など、既に文を通じて知っている。
賢き姫のこと、大方こちらが信長の命を狙っていることを察して、あえて短刀を持たせたのだろう。
信長の命を守る為に──。
そこまで姫の心はこの若者に奪われてしまったのかと、道三は父親として、何やら物悲しい気持ちになった。
同時に、同性である信長に軽い嫉妬の念を覚えたが、今更彼を斬りたい等とは微塵も思わなかった。
もはや道三自身が、信長に惚れ込んでしまっているからだ。https://blog.udn.com/a440edbd/180749761 https://classic-blog.udn.com/a440edbd/180749678 https://mathew.blog.shinobi.jp/Entry/5/
「──信長様、取り敢えずこれで、御足をお拭き下さいませ」
道空が縁に駆け寄り、几帳面に折り畳まれた袱紗を手渡すと
「いや、お気遣いは無用」
信長は懐から自分の袱紗を取り出して、それでぱっぱっと足の裏の泥を落とした。
暫くして縁の上に信長が上がって来ると
「婿殿。我が娘は…帰蝶は達者で暮らしておるかのう」
道三は抑揚のない声で伺った。
「帰蝶? ──ああ、お濃のことにございますか」
「おのう?」
「某が、祝言の折にあの者に与えた名にございます。美濃から参った姫御前です故、濃姫と」
「ほぉ…あの帰蝶が、濃姫にな」
姫自身は、あくまでも尾張での自分は“濃”。
美濃側と接する時の自分は“帰蝶”。
文の上でもそのように名を使い分けていた為、道三はこの時初めて、娘の婚家での名を知ったのである。
まさか、信長がその場の思い付きで与えた名だとは思いもしない丹後は
「きっと、美濃から迎えた御高貴な姫君という尊敬の意を込めて、左様にお名付けになられたのでしょうなぁ」
と晴れやかな顔をして言ったが、内心帰蝶という名の響きを気に入っていた道三は
「ほんに、我が娘は随分と簡素な名になったものよ」
と無感動に言った。
「覚え易うてようございます。蝶のようにひらひらと、儂の手の内から翔んで行かれては困ります故」
信長は冗談めいた微笑を浮かべながら言ったが、道三にはそれが“姫は何があろうとも手放さぬ”という彼の意識表示のようにも思えた。
「…で、我が娘は如何かのう?」
「達者にしておりまする。嫁いでより一度も病床に臥せる事なく、至極健勝にございます」
「では、娘は幸せに暮らしておるのじゃな?」
道三の問いに信長はクイッと片方の眉を上げると、やおら小さく首を捻った。
「さぁ…。幸せかどうかは、某には分かり兼ねまする」
「何じゃと」
「お濃に、幸せか?などと直に問うたこともございませぬ故、俄に判断が付きませぬ」
信長は淡々とした面持ちで答えると
「なれど、親父殿」
付け足すように呟くや否や、その口元に優しい微笑を湛えた。
「少なくとも某は今、間違いなく幸せにございます。お濃という、賢くも面白きおなごを妻に迎えることが出来て」
「─…」
「夫君(ふくん)である某が、これほどに幸福というものを感じているのです。妻であるお濃の御意も、これに同じと心得まする」
信長の涼やかな貴公子の面持ちに、一瞬、恋を覚えたばかりの少年のような初々しさが覗いた時、
信長に捧げられている娘の愛が、単なる一方的なものではないことを感じた。
「婿殿、そなたはもしや、まことに帰蝶を……」
「はい?」
「いや、何でもござらぬ」
道三は慌てて首を横に振ると、その脂ぎった顔に苦笑を浮かべた。
Posted by beckywong at
00:22
│Comments(0)
2024年07月03日
「それが、乱戦の世に生まれた姫御
「それが、乱戦の世に生まれた姫御前の宿命にございますれば」
改まった語調で三保野が告げると
「誰が決めたのか知れぬ宿命に、翻弄され続ける姫御前方は哀れなものよ。
…いっそ私のように、常も道理も何もかも捨てて、愛しいお方の為だけに尽くせる身の上であったら、どんなに幸せか」
「姫様─!?」
「悪いが三保野、私は私の思うように致す。殿に唯一無二の味方になると言った以上、その誓いを破る訳には参らぬ」
濃姫はどこか清々しげな面持ちで、また薙刀をひと振りした。https://johnsmith786.mystrikingly.com/blog/55677eeb22b https://www.minds.com/blog/view/471162803118686105 https://johnsmith786.livedoor.blog/archives/3319463.html
「しかし、それでは美濃の殿様が!」
「案ずるでない。父上様から短刀を渡された時 『この刀は父上様を刺す刀となるやも知れぬ』 と既に布告致しておる。
私が如何に殿をお慕いしているのかも、文にて十分にお伝え申した。──父上様もきっとご理解下さるはずじゃ」
「……」
「三保野、そなたまで私に付き合う事はない。もしも美濃の軍勢が押し寄せて来たら、そなただけでも逃げるが良い」
三保野は瞬時に目を瞬かせると、大きく首を左右に振った。
「それは出来ませぬっ。 姫様がこの城に残るのなら、私も最後まで姫様と共におりまする」
その発言に濃姫は「はて?」と小首を傾げると、形の良い口元に、柔かな微笑を広げた。
「可笑しな事じゃ。今の今まで美濃、美濃と申しておったのに」
「私はただ、姫様に仕える侍女衆の長として、申すべき事を申したまでにございます。
主人の安全を第一に考え、時には親・兄弟に成り代わってお諌め申すのも、仕り人としての大事なる責務にございます故」
「物は言い様じゃな」
「姫様がこの城に居残るのであれば、私も最後まで姫様のお側に控え、共に斬られる覚悟にございます!」
「これ、勝手に私を殺すでない」
「…ぁ、これは失礼つかまつりました」
慌てて三保野は額づいた。
「懸念は無用です。蝮の娘である私が、殿の秘めたる才覚に気付いたのじゃ。蝮本人が気付かぬ訳があるまい」
「だと良いのですが」
「殿が信じられぬのならば、父上様を信じるが良い。──蝮の小さき目にも、大蛇(おろち)と目見えず(ミミズ)の区別くらいは付くであろうとな」
濃姫は微かな希望をその瞳に宿しながら、そっと三保野に笑いかけるのだった。
場は戻り、富田の正徳寺──。
信長との対面が執り行われる寺の御客座敷では、道三がきりりとした正装姿で、広い座敷の中を落ち着かない風情で右往左往していた。
その足下には、金襴縁取りの茵(しとね)が二つ、向かい合うように敷かれている。
ここが両者の席である事に間違いはないのだが、その片側に腰を据えるべき信長の姿はまだ座敷の中にはなかった。
道三が光秀らと共に小屋から戻って来てから、だいぶ時が経ている。
休息を取っているにしても、婿の立場も弁えず、これほど舅を待たせるとは如何なる了見であろう。
ふんっと鼻息を荒げると、道三は座敷の入口近くに控えている道空を見やって
「どうじゃ。あのうつけ者の姿はまだ見えぬか?」
やや苛立ちの募る声で伺った。
改まった語調で三保野が告げると
「誰が決めたのか知れぬ宿命に、翻弄され続ける姫御前方は哀れなものよ。
…いっそ私のように、常も道理も何もかも捨てて、愛しいお方の為だけに尽くせる身の上であったら、どんなに幸せか」
「姫様─!?」
「悪いが三保野、私は私の思うように致す。殿に唯一無二の味方になると言った以上、その誓いを破る訳には参らぬ」
濃姫はどこか清々しげな面持ちで、また薙刀をひと振りした。https://johnsmith786.mystrikingly.com/blog/55677eeb22b https://www.minds.com/blog/view/471162803118686105 https://johnsmith786.livedoor.blog/archives/3319463.html
「しかし、それでは美濃の殿様が!」
「案ずるでない。父上様から短刀を渡された時 『この刀は父上様を刺す刀となるやも知れぬ』 と既に布告致しておる。
私が如何に殿をお慕いしているのかも、文にて十分にお伝え申した。──父上様もきっとご理解下さるはずじゃ」
「……」
「三保野、そなたまで私に付き合う事はない。もしも美濃の軍勢が押し寄せて来たら、そなただけでも逃げるが良い」
三保野は瞬時に目を瞬かせると、大きく首を左右に振った。
「それは出来ませぬっ。 姫様がこの城に残るのなら、私も最後まで姫様と共におりまする」
その発言に濃姫は「はて?」と小首を傾げると、形の良い口元に、柔かな微笑を広げた。
「可笑しな事じゃ。今の今まで美濃、美濃と申しておったのに」
「私はただ、姫様に仕える侍女衆の長として、申すべき事を申したまでにございます。
主人の安全を第一に考え、時には親・兄弟に成り代わってお諌め申すのも、仕り人としての大事なる責務にございます故」
「物は言い様じゃな」
「姫様がこの城に居残るのであれば、私も最後まで姫様のお側に控え、共に斬られる覚悟にございます!」
「これ、勝手に私を殺すでない」
「…ぁ、これは失礼つかまつりました」
慌てて三保野は額づいた。
「懸念は無用です。蝮の娘である私が、殿の秘めたる才覚に気付いたのじゃ。蝮本人が気付かぬ訳があるまい」
「だと良いのですが」
「殿が信じられぬのならば、父上様を信じるが良い。──蝮の小さき目にも、大蛇(おろち)と目見えず(ミミズ)の区別くらいは付くであろうとな」
濃姫は微かな希望をその瞳に宿しながら、そっと三保野に笑いかけるのだった。
場は戻り、富田の正徳寺──。
信長との対面が執り行われる寺の御客座敷では、道三がきりりとした正装姿で、広い座敷の中を落ち着かない風情で右往左往していた。
その足下には、金襴縁取りの茵(しとね)が二つ、向かい合うように敷かれている。
ここが両者の席である事に間違いはないのだが、その片側に腰を据えるべき信長の姿はまだ座敷の中にはなかった。
道三が光秀らと共に小屋から戻って来てから、だいぶ時が経ている。
休息を取っているにしても、婿の立場も弁えず、これほど舅を待たせるとは如何なる了見であろう。
ふんっと鼻息を荒げると、道三は座敷の入口近くに控えている道空を見やって
「どうじゃ。あのうつけ者の姿はまだ見えぬか?」
やや苛立ちの募る声で伺った。
Posted by beckywong at
22:31
│Comments(0)
2024年07月03日
「今からでも遅うはありませぬ!父上
「今からでも遅うはありませぬ!父上様にお断りの使者をお遣わし下さいませ。
いえ、何でしたら私が、父上様にお諦めいただくように文を書きまする!」
濃姫は自室に立ち戻ろうと、軽く腰を浮かせた。
「余計な真似を致すなっ!」
信長は叫ぶや否や、立ち上がろうとする濃姫の腕をグイと引いた。
「そなた。儂があの蝮の親父殿に易々と殺されると、そう思うておるのか !? 儂に勝機はないと !?」
「それは…」
「とうとう儂を信用出来ぬようになったか !?」
濃姫はとんでもないと、大仰にかぶりを振った。https://blog.udn.com/29339bfd/180749291 https://classic-blog.udn.com/29339bfd/180749291 https://mathewanderson.blog-mmo.com/Entry/18/
「無論、殿の事は信じておりまする!されど、私は心配でならぬのです。
如何に殿が優れたお方であろうとも、力と戦の経験では我が父の方が上。
もしも殿が、蝮の毒にやられる事になったら…私は…」
ぐうっと熱い思いが込み上げて来て、姫の透明感に満ちた双眼が、うっすらと涙で滲んだ。
やおら濃姫は、信長の肩に顔を伏せるようにして、相手の身にすがり付いた。
「…父と夫の殺し合いなど、濃は見とうございませぬ。後生でございますから、殿、会見はお断り下さいませっ」
「それは、まことに儂を案じての言葉か?」
「当たり前でございます!夫の身を案ぜぬ妻が、いったいどこにおりましょう」
「儂が死ぬのは嫌か?」
「嫌です…!殿には生きていてほしゅうございます!」
「生きていて、どうしろと?」
「濃のお側に居て下さりませ!ずっとずっと、濃のお側に!」
「儂がそれほどまでに愛しいか?」
「…愛しゅうございます。……あなた様のようなお方に惚れてしまった自分自身を、恨めしく思う程に」
姫の放つ一言一言に、愛情に満ちた温もりがあった。
やがて信長は、その目元に優しさを湛えると、鉄砲を畳の上に置き
「愛(うい)やつよな……そなたは、本当に」
濃姫の細い肩を、そっと、包むように抱いた。
信長の身体から、汗と、渇いた土、そしていっぱいの太陽の香りが漂ってくる。
濃姫の大好きな香りだ。
この香りも、温もりも、決して失いたくない…。
姫は何とかして会見を思い留まってほしかったが、信長の心は変わらなかった。
「お濃──儂は蝮殿に会うぞ。そなたに何と言われようとも、この意は変わらぬ」
姫は思わず、希望を打ち砕かれたような表情で夫を見つめた。
「安堵致せ。儂は何も死にに行く訳ではない。そなたの親父殿に会うだけじゃ」
「されどそれは…」
「心配には及ばぬ。ようは、蝮殿に分からせてやれば良いだけの話だ。
無闇にこちらの命を奪うよりも、儂と手を結んだ方が得策であるという事をな」
「左様な事が、出来るのでございますか?」
「出来る出来ないではない。そうせねばならぬ、必ずな」
信長の決意的な言葉に、濃姫の心が揺れた。
「多かれ少なかれ、蝮殿とは膝を突き合わさねばならぬ運命じゃ。
今 蝮殿に見放されたならば、儂は確実に反対勢力に押し潰されよう。
そうならぬ為にも、蝮殿には、この信長の後ろ楯であり続けてもらわねばならぬ」
「…殿」
「何を弱々しい声を出しておるのだ。案ずるな、何かあったとしても儂はそう易々と討たれはせぬ」
「……」
「儂を信じておるのであれば、最後まで信じ続けよ。
儂に生きて帰って来てほしいのでなれば、それを祈り続けよ。
儂を愛しゅう思うているのであれば……その想い、微塵も揺るがすでないぞ」
その刹那、姫の潤んだ瞳から、一滴の涙が雫のように零れ、彼女の薄紅色の頬をつたった。
信長はそれを見るなり、ふっと穏やかな微笑を浮かべると
「泣くな。そなたに泣かれたら、儂はどうしたら良いのか分からなくなる」
いえ、何でしたら私が、父上様にお諦めいただくように文を書きまする!」
濃姫は自室に立ち戻ろうと、軽く腰を浮かせた。
「余計な真似を致すなっ!」
信長は叫ぶや否や、立ち上がろうとする濃姫の腕をグイと引いた。
「そなた。儂があの蝮の親父殿に易々と殺されると、そう思うておるのか !? 儂に勝機はないと !?」
「それは…」
「とうとう儂を信用出来ぬようになったか !?」
濃姫はとんでもないと、大仰にかぶりを振った。https://blog.udn.com/29339bfd/180749291 https://classic-blog.udn.com/29339bfd/180749291 https://mathewanderson.blog-mmo.com/Entry/18/
「無論、殿の事は信じておりまする!されど、私は心配でならぬのです。
如何に殿が優れたお方であろうとも、力と戦の経験では我が父の方が上。
もしも殿が、蝮の毒にやられる事になったら…私は…」
ぐうっと熱い思いが込み上げて来て、姫の透明感に満ちた双眼が、うっすらと涙で滲んだ。
やおら濃姫は、信長の肩に顔を伏せるようにして、相手の身にすがり付いた。
「…父と夫の殺し合いなど、濃は見とうございませぬ。後生でございますから、殿、会見はお断り下さいませっ」
「それは、まことに儂を案じての言葉か?」
「当たり前でございます!夫の身を案ぜぬ妻が、いったいどこにおりましょう」
「儂が死ぬのは嫌か?」
「嫌です…!殿には生きていてほしゅうございます!」
「生きていて、どうしろと?」
「濃のお側に居て下さりませ!ずっとずっと、濃のお側に!」
「儂がそれほどまでに愛しいか?」
「…愛しゅうございます。……あなた様のようなお方に惚れてしまった自分自身を、恨めしく思う程に」
姫の放つ一言一言に、愛情に満ちた温もりがあった。
やがて信長は、その目元に優しさを湛えると、鉄砲を畳の上に置き
「愛(うい)やつよな……そなたは、本当に」
濃姫の細い肩を、そっと、包むように抱いた。
信長の身体から、汗と、渇いた土、そしていっぱいの太陽の香りが漂ってくる。
濃姫の大好きな香りだ。
この香りも、温もりも、決して失いたくない…。
姫は何とかして会見を思い留まってほしかったが、信長の心は変わらなかった。
「お濃──儂は蝮殿に会うぞ。そなたに何と言われようとも、この意は変わらぬ」
姫は思わず、希望を打ち砕かれたような表情で夫を見つめた。
「安堵致せ。儂は何も死にに行く訳ではない。そなたの親父殿に会うだけじゃ」
「されどそれは…」
「心配には及ばぬ。ようは、蝮殿に分からせてやれば良いだけの話だ。
無闇にこちらの命を奪うよりも、儂と手を結んだ方が得策であるという事をな」
「左様な事が、出来るのでございますか?」
「出来る出来ないではない。そうせねばならぬ、必ずな」
信長の決意的な言葉に、濃姫の心が揺れた。
「多かれ少なかれ、蝮殿とは膝を突き合わさねばならぬ運命じゃ。
今 蝮殿に見放されたならば、儂は確実に反対勢力に押し潰されよう。
そうならぬ為にも、蝮殿には、この信長の後ろ楯であり続けてもらわねばならぬ」
「…殿」
「何を弱々しい声を出しておるのだ。案ずるな、何かあったとしても儂はそう易々と討たれはせぬ」
「……」
「儂を信じておるのであれば、最後まで信じ続けよ。
儂に生きて帰って来てほしいのでなれば、それを祈り続けよ。
儂を愛しゅう思うているのであれば……その想い、微塵も揺るがすでないぞ」
その刹那、姫の潤んだ瞳から、一滴の涙が雫のように零れ、彼女の薄紅色の頬をつたった。
信長はそれを見るなり、ふっと穏やかな微笑を浮かべると
「泣くな。そなたに泣かれたら、儂はどうしたら良いのか分からなくなる」
Posted by beckywong at
22:15
│Comments(0)