2024年07月03日
「それが、乱戦の世に生まれた姫御
「それが、乱戦の世に生まれた姫御前の宿命にございますれば」
改まった語調で三保野が告げると
「誰が決めたのか知れぬ宿命に、翻弄され続ける姫御前方は哀れなものよ。
…いっそ私のように、常も道理も何もかも捨てて、愛しいお方の為だけに尽くせる身の上であったら、どんなに幸せか」
「姫様─!?」
「悪いが三保野、私は私の思うように致す。殿に唯一無二の味方になると言った以上、その誓いを破る訳には参らぬ」
濃姫はどこか清々しげな面持ちで、また薙刀をひと振りした。https://johnsmith786.mystrikingly.com/blog/55677eeb22b https://www.minds.com/blog/view/471162803118686105 https://johnsmith786.livedoor.blog/archives/3319463.html
「しかし、それでは美濃の殿様が!」
「案ずるでない。父上様から短刀を渡された時 『この刀は父上様を刺す刀となるやも知れぬ』 と既に布告致しておる。
私が如何に殿をお慕いしているのかも、文にて十分にお伝え申した。──父上様もきっとご理解下さるはずじゃ」
「……」
「三保野、そなたまで私に付き合う事はない。もしも美濃の軍勢が押し寄せて来たら、そなただけでも逃げるが良い」
三保野は瞬時に目を瞬かせると、大きく首を左右に振った。
「それは出来ませぬっ。 姫様がこの城に残るのなら、私も最後まで姫様と共におりまする」
その発言に濃姫は「はて?」と小首を傾げると、形の良い口元に、柔かな微笑を広げた。
「可笑しな事じゃ。今の今まで美濃、美濃と申しておったのに」
「私はただ、姫様に仕える侍女衆の長として、申すべき事を申したまでにございます。
主人の安全を第一に考え、時には親・兄弟に成り代わってお諌め申すのも、仕り人としての大事なる責務にございます故」
「物は言い様じゃな」
「姫様がこの城に居残るのであれば、私も最後まで姫様のお側に控え、共に斬られる覚悟にございます!」
「これ、勝手に私を殺すでない」
「…ぁ、これは失礼つかまつりました」
慌てて三保野は額づいた。
「懸念は無用です。蝮の娘である私が、殿の秘めたる才覚に気付いたのじゃ。蝮本人が気付かぬ訳があるまい」
「だと良いのですが」
「殿が信じられぬのならば、父上様を信じるが良い。──蝮の小さき目にも、大蛇(おろち)と目見えず(ミミズ)の区別くらいは付くであろうとな」
濃姫は微かな希望をその瞳に宿しながら、そっと三保野に笑いかけるのだった。
場は戻り、富田の正徳寺──。
信長との対面が執り行われる寺の御客座敷では、道三がきりりとした正装姿で、広い座敷の中を落ち着かない風情で右往左往していた。
その足下には、金襴縁取りの茵(しとね)が二つ、向かい合うように敷かれている。
ここが両者の席である事に間違いはないのだが、その片側に腰を据えるべき信長の姿はまだ座敷の中にはなかった。
道三が光秀らと共に小屋から戻って来てから、だいぶ時が経ている。
休息を取っているにしても、婿の立場も弁えず、これほど舅を待たせるとは如何なる了見であろう。
ふんっと鼻息を荒げると、道三は座敷の入口近くに控えている道空を見やって
「どうじゃ。あのうつけ者の姿はまだ見えぬか?」
やや苛立ちの募る声で伺った。
改まった語調で三保野が告げると
「誰が決めたのか知れぬ宿命に、翻弄され続ける姫御前方は哀れなものよ。
…いっそ私のように、常も道理も何もかも捨てて、愛しいお方の為だけに尽くせる身の上であったら、どんなに幸せか」
「姫様─!?」
「悪いが三保野、私は私の思うように致す。殿に唯一無二の味方になると言った以上、その誓いを破る訳には参らぬ」
濃姫はどこか清々しげな面持ちで、また薙刀をひと振りした。https://johnsmith786.mystrikingly.com/blog/55677eeb22b https://www.minds.com/blog/view/471162803118686105 https://johnsmith786.livedoor.blog/archives/3319463.html
「しかし、それでは美濃の殿様が!」
「案ずるでない。父上様から短刀を渡された時 『この刀は父上様を刺す刀となるやも知れぬ』 と既に布告致しておる。
私が如何に殿をお慕いしているのかも、文にて十分にお伝え申した。──父上様もきっとご理解下さるはずじゃ」
「……」
「三保野、そなたまで私に付き合う事はない。もしも美濃の軍勢が押し寄せて来たら、そなただけでも逃げるが良い」
三保野は瞬時に目を瞬かせると、大きく首を左右に振った。
「それは出来ませぬっ。 姫様がこの城に残るのなら、私も最後まで姫様と共におりまする」
その発言に濃姫は「はて?」と小首を傾げると、形の良い口元に、柔かな微笑を広げた。
「可笑しな事じゃ。今の今まで美濃、美濃と申しておったのに」
「私はただ、姫様に仕える侍女衆の長として、申すべき事を申したまでにございます。
主人の安全を第一に考え、時には親・兄弟に成り代わってお諌め申すのも、仕り人としての大事なる責務にございます故」
「物は言い様じゃな」
「姫様がこの城に居残るのであれば、私も最後まで姫様のお側に控え、共に斬られる覚悟にございます!」
「これ、勝手に私を殺すでない」
「…ぁ、これは失礼つかまつりました」
慌てて三保野は額づいた。
「懸念は無用です。蝮の娘である私が、殿の秘めたる才覚に気付いたのじゃ。蝮本人が気付かぬ訳があるまい」
「だと良いのですが」
「殿が信じられぬのならば、父上様を信じるが良い。──蝮の小さき目にも、大蛇(おろち)と目見えず(ミミズ)の区別くらいは付くであろうとな」
濃姫は微かな希望をその瞳に宿しながら、そっと三保野に笑いかけるのだった。
場は戻り、富田の正徳寺──。
信長との対面が執り行われる寺の御客座敷では、道三がきりりとした正装姿で、広い座敷の中を落ち着かない風情で右往左往していた。
その足下には、金襴縁取りの茵(しとね)が二つ、向かい合うように敷かれている。
ここが両者の席である事に間違いはないのだが、その片側に腰を据えるべき信長の姿はまだ座敷の中にはなかった。
道三が光秀らと共に小屋から戻って来てから、だいぶ時が経ている。
休息を取っているにしても、婿の立場も弁えず、これほど舅を待たせるとは如何なる了見であろう。
ふんっと鼻息を荒げると、道三は座敷の入口近くに控えている道空を見やって
「どうじゃ。あのうつけ者の姿はまだ見えぬか?」
やや苛立ちの募る声で伺った。
Posted by beckywong at 22:31│Comments(0)