2024年11月19日
足元が大きく揺れる。
足元が大きく揺れる。
天神川にかかる長さ八間ほどの葛橋にイダテンは立っていた。
これまで進んできた峡谷沿いの道の先に篝火が見えたため、二十間ほど引き返し、対岸を目指すことにしたのだ。
馬の渡れる橋ではない。
吉次を乗せてきた馬は対岸の木に繋いだ。
両手首を前で縛られた吉次は、葛に手を伸ばし、おずおずと進んでいる。
背負われている姫は、葛で吊られた橋を渡ったことなどないだろう。
橋床も、さな木と呼ばれる割木を荒く編んだだけだ。
水音は聞こえてくるが幸いなことに谷底は見えない。
橋を渡り終えるまでは安心できない。
いつでも手斧を飛ばせるようにと、慎重に様子をうかがいながら先に進む。
渡っている最中に橋を落とされたり、矢で狙われないためだ。
この男は、このような場合に備えて連れてきたのだ。https://freelancer.anime-voice.com/Entry/89/ https://ypxo2dzizobm.blog.fc2.com/blog-entry-117.html https://william-l.cocolog-nifty.com/blog/2024/11/post-d50bec.html
仲間であれば、その二つはやるまい。
もっとも、この男にそれだけの価値があればだが。
無事、橋を渡って半町ほど峡谷沿いに進むと、右手に岩の転がる荒地があった。
奥には銀杏や欅の大木がある。
中ほどまで進んだところで、吉次が驚いたように立ち止まった。
奥の草地から、わらわらと人が現れた。
姫が息を飲んだ。
全部で十人。
ゆっくりと囲みを作る。イダテンは、谷を背にしつつ、誰がどのような得物を持っているかを頭に叩き込んだ。
髭面の偉丈夫、兼親の姿もあった。
兼親だけが、得物を手にしていない。
矛が六人、太刀が三人。
接近戦を想定してか、弓を手にした者はいない。
だれひとり重い鎧はつけていなかった。
音を立てないようにという配慮だけではあるまい。
これまで幾度もイダテンの命を狙ってきた兼親であれば、その俊敏さを承知のはずだ。
にもかかわらず、表情に余裕があるのは、イダテンが姫を背負っているからだろう。
「うまくかかってくれたのう」
篝火を見て、道を変えたことを言っているのだろう。
満足そうに髭に手をやり、笑う兼親に、吉次が駆け寄った。
郎党が前に出て、口に詰められた端切れを取ってやると、咳きこみながらも喜び勇んで喋りだした。
「兼親様。わしの手柄じゃ。ほれ、この通り……約定どおり、褒美をたっぷりと」
兼親の眉間にしわが寄る。
「恥ずかしげもなく、抜けぬけと……おなごを騙すだけしかできぬ、この、ろくでなしが」
兼親の怒りの激しさに吉次の顔に脅えが走った。
「おまけに、すぐに捨てろと指示した毒を決行の日に使う間抜けぶり。ゆえに気取られ、こうして逃げられる……兄者の筋書きが台無しになるところじゃったわ」
やはり、間諜は幾人もいたようだ。「つこうたわけではありませんぞ。隠しておいた物を、猫が勝手になめたまで……そもそも、決行日が今日だと言うことさえ知らされなんだのですぞ。狼煙に気づかねば今頃は……」
「金の無心はするわ、繋ぎも忘れるわ……わしが、そのような役立たずに決行日を教えてやるような人の好い男に見えるか?」
兼親が、自分ごと葬り去るつもりだったと知り、吉次は顔をひきつらせた。
にもかかわらず、凝りるでもなく要求した。
「ならば、せめて姫君やイダテンの身に着けている物をくだされ。こうして連れて来たのですぞ」
兼親のぎょろりとした目が冷たく光り、吉次の手首に注がれた。
いや、これは、と口ごもる吉次の目の前に兼親が、ぬっと進み出る。
身の危険を感じ、あとずさろうとした吉次が、尻から草むらに落ちた。
郎党の一人が、銀装の大太刀の鯉口を切り、鞘を持って捧げると兼親が柄を握った。
その首から肩にかけての筋肉が異様に盛り上がる。
天神川にかかる長さ八間ほどの葛橋にイダテンは立っていた。
これまで進んできた峡谷沿いの道の先に篝火が見えたため、二十間ほど引き返し、対岸を目指すことにしたのだ。
馬の渡れる橋ではない。
吉次を乗せてきた馬は対岸の木に繋いだ。
両手首を前で縛られた吉次は、葛に手を伸ばし、おずおずと進んでいる。
背負われている姫は、葛で吊られた橋を渡ったことなどないだろう。
橋床も、さな木と呼ばれる割木を荒く編んだだけだ。
水音は聞こえてくるが幸いなことに谷底は見えない。
橋を渡り終えるまでは安心できない。
いつでも手斧を飛ばせるようにと、慎重に様子をうかがいながら先に進む。
渡っている最中に橋を落とされたり、矢で狙われないためだ。
この男は、このような場合に備えて連れてきたのだ。https://freelancer.anime-voice.com/Entry/89/ https://ypxo2dzizobm.blog.fc2.com/blog-entry-117.html https://william-l.cocolog-nifty.com/blog/2024/11/post-d50bec.html
仲間であれば、その二つはやるまい。
もっとも、この男にそれだけの価値があればだが。
無事、橋を渡って半町ほど峡谷沿いに進むと、右手に岩の転がる荒地があった。
奥には銀杏や欅の大木がある。
中ほどまで進んだところで、吉次が驚いたように立ち止まった。
奥の草地から、わらわらと人が現れた。
姫が息を飲んだ。
全部で十人。
ゆっくりと囲みを作る。イダテンは、谷を背にしつつ、誰がどのような得物を持っているかを頭に叩き込んだ。
髭面の偉丈夫、兼親の姿もあった。
兼親だけが、得物を手にしていない。
矛が六人、太刀が三人。
接近戦を想定してか、弓を手にした者はいない。
だれひとり重い鎧はつけていなかった。
音を立てないようにという配慮だけではあるまい。
これまで幾度もイダテンの命を狙ってきた兼親であれば、その俊敏さを承知のはずだ。
にもかかわらず、表情に余裕があるのは、イダテンが姫を背負っているからだろう。
「うまくかかってくれたのう」
篝火を見て、道を変えたことを言っているのだろう。
満足そうに髭に手をやり、笑う兼親に、吉次が駆け寄った。
郎党が前に出て、口に詰められた端切れを取ってやると、咳きこみながらも喜び勇んで喋りだした。
「兼親様。わしの手柄じゃ。ほれ、この通り……約定どおり、褒美をたっぷりと」
兼親の眉間にしわが寄る。
「恥ずかしげもなく、抜けぬけと……おなごを騙すだけしかできぬ、この、ろくでなしが」
兼親の怒りの激しさに吉次の顔に脅えが走った。
「おまけに、すぐに捨てろと指示した毒を決行の日に使う間抜けぶり。ゆえに気取られ、こうして逃げられる……兄者の筋書きが台無しになるところじゃったわ」
やはり、間諜は幾人もいたようだ。「つこうたわけではありませんぞ。隠しておいた物を、猫が勝手になめたまで……そもそも、決行日が今日だと言うことさえ知らされなんだのですぞ。狼煙に気づかねば今頃は……」
「金の無心はするわ、繋ぎも忘れるわ……わしが、そのような役立たずに決行日を教えてやるような人の好い男に見えるか?」
兼親が、自分ごと葬り去るつもりだったと知り、吉次は顔をひきつらせた。
にもかかわらず、凝りるでもなく要求した。
「ならば、せめて姫君やイダテンの身に着けている物をくだされ。こうして連れて来たのですぞ」
兼親のぎょろりとした目が冷たく光り、吉次の手首に注がれた。
いや、これは、と口ごもる吉次の目の前に兼親が、ぬっと進み出る。
身の危険を感じ、あとずさろうとした吉次が、尻から草むらに落ちた。
郎党の一人が、銀装の大太刀の鯉口を切り、鞘を持って捧げると兼親が柄を握った。
その首から肩にかけての筋肉が異様に盛り上がる。
Posted by beckywong at
19:33
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2024年11月18日
怖ろしさに逃げ出したくなった。
怖ろしさに逃げ出したくなった。
だが、馬上から的に当てるのは難しい。
逃げ腰では的が絞れない。
そう、念じて踏みとどまった。
うなりをあげた矢が目前に迫る。
恐怖に耐え、会の姿勢を保つ。
鈍い音がした。
見ると右斜め前で弓を構えていた影時の首に突き刺さっていた。
景時は傀儡師の手を離れた人形のように崩れ落ちた。
別の武者の放った矢が三郎の頬をかすめて、仲間のいる後方に消えた。
悲鳴が耳に届く。
腕の震えが全身に広がっていく。
矢を射るどころではない。
腰から崩れ落ちそうだった。あきらめかけたその時、先頭を走ってくる武者の乗った馬が目に入った。
なんと大きく立派な馬だろう。
あの毛並みと力強さはどうだ。
まるでイダテンの彫った馬が動き出したようではないか。https://freelance1.hatenablog.com/entry/2024/11/16/213940?_gl=1*14k6ub9*_gcl_au*LTPe21veLZJBRJPdfAmRozqD1N1yu8xRDZ.
https://ameblo.jp/freelance12/entry-12875373282.html https://www.liveinternet.ru/users/freelance12/blog#post508342192
わしは一矢も報いることなく、あのような馬に乗れぬまま、ここで死んでいくのだろうか。
――いや、乗るのだ! 乗らねばならんのだ。
おかあのために、ミコのために、先祖の名を汚さぬために。
そして三郎義守の武名を轟かすために。
――そうだ、鎧は赤絲威が良い。
イダテンの髪と同じ、燃えるような紅だ。
兜には金色の大鍬形をつけよう。
太刀は錦で包み、足元はカモシカの毛沓で固めるのだ。
気をそらしたことが幸いしたのか、震えが治まっていた。
先頭を駆る白絲威の武者が三十間(※約55m)に迫ったところで「ままよ」と、矢を放った。
これぐらいなら外れまい。
が、稽古のようにはいかなかった。
矢は狙った武者には当たらなかった。
それでも馬の額に命中した。
武者は、前足から崩れ落ちた馬もろとも地面に叩きつけられた。
「三郎が騎馬武者を射たぞ、一番手柄じゃ!」
後方から興奮した声が聞こえた。
振り返ると、いつの間に上がってきたのか、矛を二本持った喜八郎が顔を紅潮させて立っていた。
櫓の下の仲間たちから、わっ、と歓声があがる。「わしも手伝うぞ」
喜八郎が矛を一本差し出してきた。夢心地で受け取った。
落ちていく陽で、あたりは茜色に染まっていた。
「三郎! 来たぞ」
喜八郎の声が響いた。
門の横の櫓に立つ邪魔者をまずは始末しようと、紫威の騎馬武者が矛を手に、塀に沿って横から回り込んできた。
喜三郎が転がっていた景時の弓を投げつける。
足元に転がった弓を嫌った馬が興奮したことが幸いした。
騎馬武者が櫓の下から突き出した矛は浮き上がり頭上を翳めるにとどまった。
腰の引けた喜八郎の腕は縮こまり、矛が武者に届かない。
一方、落ち着きを取り戻した三郎は両手で矛を握り、体を預けるように武者の胸を突いた。
が、所詮は童の力、鎧の上からでは痛手を与えることはできなかった。
逆に、そのまま押し出してくる力に跳ね返され、板の上を転がった。
痛いと感じる間もなかった。
地面が、そして空が見えた。
「三郎ーー !」
喜八郎の叫び声が耳に届いた。南二の門前の石段に立ち、呆然と眼下を眺める。
街のあちこちから火の手が上がっている。
門衛が、門を閉めるぞ、早く入れと怒鳴っている。
一の郭を放棄するようだ。
迎え撃つ侍が足りないのだろう。
三郎が先ほどまで立っていた東一の門横にある櫓に目をやった。
そこに三郎の姿はなかった。
代わりに侍が一人倒れていた。
だが、馬上から的に当てるのは難しい。
逃げ腰では的が絞れない。
そう、念じて踏みとどまった。
うなりをあげた矢が目前に迫る。
恐怖に耐え、会の姿勢を保つ。
鈍い音がした。
見ると右斜め前で弓を構えていた影時の首に突き刺さっていた。
景時は傀儡師の手を離れた人形のように崩れ落ちた。
別の武者の放った矢が三郎の頬をかすめて、仲間のいる後方に消えた。
悲鳴が耳に届く。
腕の震えが全身に広がっていく。
矢を射るどころではない。
腰から崩れ落ちそうだった。あきらめかけたその時、先頭を走ってくる武者の乗った馬が目に入った。
なんと大きく立派な馬だろう。
あの毛並みと力強さはどうだ。
まるでイダテンの彫った馬が動き出したようではないか。https://freelance1.hatenablog.com/entry/2024/11/16/213940?_gl=1*14k6ub9*_gcl_au*LTPe21veLZJBRJPdfAmRozqD1N1yu8xRDZ.
https://ameblo.jp/freelance12/entry-12875373282.html https://www.liveinternet.ru/users/freelance12/blog#post508342192
わしは一矢も報いることなく、あのような馬に乗れぬまま、ここで死んでいくのだろうか。
――いや、乗るのだ! 乗らねばならんのだ。
おかあのために、ミコのために、先祖の名を汚さぬために。
そして三郎義守の武名を轟かすために。
――そうだ、鎧は赤絲威が良い。
イダテンの髪と同じ、燃えるような紅だ。
兜には金色の大鍬形をつけよう。
太刀は錦で包み、足元はカモシカの毛沓で固めるのだ。
気をそらしたことが幸いしたのか、震えが治まっていた。
先頭を駆る白絲威の武者が三十間(※約55m)に迫ったところで「ままよ」と、矢を放った。
これぐらいなら外れまい。
が、稽古のようにはいかなかった。
矢は狙った武者には当たらなかった。
それでも馬の額に命中した。
武者は、前足から崩れ落ちた馬もろとも地面に叩きつけられた。
「三郎が騎馬武者を射たぞ、一番手柄じゃ!」
後方から興奮した声が聞こえた。
振り返ると、いつの間に上がってきたのか、矛を二本持った喜八郎が顔を紅潮させて立っていた。
櫓の下の仲間たちから、わっ、と歓声があがる。「わしも手伝うぞ」
喜八郎が矛を一本差し出してきた。夢心地で受け取った。
落ちていく陽で、あたりは茜色に染まっていた。
「三郎! 来たぞ」
喜八郎の声が響いた。
門の横の櫓に立つ邪魔者をまずは始末しようと、紫威の騎馬武者が矛を手に、塀に沿って横から回り込んできた。
喜三郎が転がっていた景時の弓を投げつける。
足元に転がった弓を嫌った馬が興奮したことが幸いした。
騎馬武者が櫓の下から突き出した矛は浮き上がり頭上を翳めるにとどまった。
腰の引けた喜八郎の腕は縮こまり、矛が武者に届かない。
一方、落ち着きを取り戻した三郎は両手で矛を握り、体を預けるように武者の胸を突いた。
が、所詮は童の力、鎧の上からでは痛手を与えることはできなかった。
逆に、そのまま押し出してくる力に跳ね返され、板の上を転がった。
痛いと感じる間もなかった。
地面が、そして空が見えた。
「三郎ーー !」
喜八郎の叫び声が耳に届いた。南二の門前の石段に立ち、呆然と眼下を眺める。
街のあちこちから火の手が上がっている。
門衛が、門を閉めるぞ、早く入れと怒鳴っている。
一の郭を放棄するようだ。
迎え撃つ侍が足りないのだろう。
三郎が先ほどまで立っていた東一の門横にある櫓に目をやった。
そこに三郎の姿はなかった。
代わりに侍が一人倒れていた。
Posted by beckywong at
23:06
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2024年11月18日
従者の言葉に、兼親は、にやりと笑う。
従者の言葉に、兼親は、にやりと笑う。
「なんじゃ、おまえもか? 見栄えの良いおなごに情けをかけると、ろくなことはないぞ。兄者が良い例じゃ。大きな尻を持った丈夫なおなごにしておけ」
「殿、お待ちください。先に具足を」「いらぬ! どうせ使うまい。兄者は隆家の挙兵に備えておるが、未だに兵を集めたと言う報告も来ておらぬではないか。要は、われらの策が漏れておらぬと言うことよ……つまらぬ戦じゃ。しかも、わしの役どころといえば……ああ、腹が立つ」
「しかし、殿が先頭に立たれては……」
「わかっておる! わかっておるから、酒でも飲まねばやっておれぬのではないか……ささらが姫が誘いに応じておれば、つまらぬ役回りからは逃れられたものを」
と、奥の唐戸の前でこぶしを振り上げた。
それを察知していたかのように従者が素早く戸を引いた。
八つ当たりしようとした唐戸を先回りして開けられたのが不満だったのだろう。
兼親は従者をにらみつけ、隣の柱に拳を叩きつけた。岩陰から出ると、つつじの木の根元に砂と血と脳漿にまみれた白塗りの首が転がっていた。
驚愕に見開かれたであろう右目は血に濡れ、叩きつけられた衝撃で飛び出さんばかりだ。
これが姫の父、国司の阿岐権守であろう。
――と弦が鳴った。
無意識に後方に跳んでいた。
蹴ったその場所に矢が飛んできた。
後方にあった一尺ほどの岩につまずいて尻もちをついた。
矢の放たれた方向に目をやると、鐘楼の屋根の上に射手の姿があった。
先ほど、物音に気づいて様子を見に来た衛士だ。
衛士は悔しそうに顔をしかめた。
猿か、と口にしたものの納得できなかったのだろう。
屋根に登って様子をうかがっていたのだ。https://www.liveinternet.ru/users/freelance12/blog#post508341913 https://plaza.rakuten.co.jp/aisha1579/diary/202411160004/ https://blog.goo.ne.jp/debsy/e/6116ddaea97ca1d93e6f1e7720ac062d
衛士は二の矢をつがえたが、放つことはできなかった。
一直線に降下してきた鷹に襲われたのだ。
飛天だった。
音はまったくしなかった。
それでも直前に気配を察し、首を振ったことが幸いした。
そうでなければ目玉を持っていかれていただろう。
しかし、眉間を突かれ、顔が血で染まった。
飛天は執拗だった。
引き返し、羽ばたきながら、なおも目を狙う。
――が、突然、弾けでもしたかのように飛天の羽根が飛び散った。
見ると、その美しい青褐色の体を、漆黒の軸が貫いていた。矢が貫いたのは飛天だけではなかった。
衛士の肩をも貫いていた。
串刺しである。
先ほどまで髭の兼親のいた外縁に、弓を手にした赤目の国親が立っていた。
右手には二の矢がある。
味方の安否など考えない冷酷な所業だった。
その目は、すでに衛士を離れ、境内を睥睨していた。
ここにイダテンがいると確信している目だ。
尻をついた場所が植え込みの陰でなければ国親の目から逃れることはできなかっただろう。
一方、混乱した衛士は、ばたつく飛天を矢ごと引き抜いて投げ捨てたものの、その痛みに耐えられず、膝から崩れ落ちると音をたてて屋根の上を転がった。
一瞬、国親の気がそれた。
イダテンは、飛天の落下点に向かって跳んだ。
矢ごと落ちてきた飛天を抱え込むように受けとめると、回廊と塀を、あっという間に飛び越した。
弓に自信のある国親といえど的を絞ることができなかった。
背後で、人の体が地面に叩きつけられる音がした。
杉の下の羊歯と灌木に覆われた薄暗い斜面を転がるように降った。
追ってくる者がないことを確認すると、立ち止まって腕の中の飛天を見た。
矢に貫かれ、血にまみれ、引きつったようにもがいている。
即死は免れたようだが、助かる見込みはない。
「なんじゃ、おまえもか? 見栄えの良いおなごに情けをかけると、ろくなことはないぞ。兄者が良い例じゃ。大きな尻を持った丈夫なおなごにしておけ」
「殿、お待ちください。先に具足を」「いらぬ! どうせ使うまい。兄者は隆家の挙兵に備えておるが、未だに兵を集めたと言う報告も来ておらぬではないか。要は、われらの策が漏れておらぬと言うことよ……つまらぬ戦じゃ。しかも、わしの役どころといえば……ああ、腹が立つ」
「しかし、殿が先頭に立たれては……」
「わかっておる! わかっておるから、酒でも飲まねばやっておれぬのではないか……ささらが姫が誘いに応じておれば、つまらぬ役回りからは逃れられたものを」
と、奥の唐戸の前でこぶしを振り上げた。
それを察知していたかのように従者が素早く戸を引いた。
八つ当たりしようとした唐戸を先回りして開けられたのが不満だったのだろう。
兼親は従者をにらみつけ、隣の柱に拳を叩きつけた。岩陰から出ると、つつじの木の根元に砂と血と脳漿にまみれた白塗りの首が転がっていた。
驚愕に見開かれたであろう右目は血に濡れ、叩きつけられた衝撃で飛び出さんばかりだ。
これが姫の父、国司の阿岐権守であろう。
――と弦が鳴った。
無意識に後方に跳んでいた。
蹴ったその場所に矢が飛んできた。
後方にあった一尺ほどの岩につまずいて尻もちをついた。
矢の放たれた方向に目をやると、鐘楼の屋根の上に射手の姿があった。
先ほど、物音に気づいて様子を見に来た衛士だ。
衛士は悔しそうに顔をしかめた。
猿か、と口にしたものの納得できなかったのだろう。
屋根に登って様子をうかがっていたのだ。https://www.liveinternet.ru/users/freelance12/blog#post508341913 https://plaza.rakuten.co.jp/aisha1579/diary/202411160004/ https://blog.goo.ne.jp/debsy/e/6116ddaea97ca1d93e6f1e7720ac062d
衛士は二の矢をつがえたが、放つことはできなかった。
一直線に降下してきた鷹に襲われたのだ。
飛天だった。
音はまったくしなかった。
それでも直前に気配を察し、首を振ったことが幸いした。
そうでなければ目玉を持っていかれていただろう。
しかし、眉間を突かれ、顔が血で染まった。
飛天は執拗だった。
引き返し、羽ばたきながら、なおも目を狙う。
――が、突然、弾けでもしたかのように飛天の羽根が飛び散った。
見ると、その美しい青褐色の体を、漆黒の軸が貫いていた。矢が貫いたのは飛天だけではなかった。
衛士の肩をも貫いていた。
串刺しである。
先ほどまで髭の兼親のいた外縁に、弓を手にした赤目の国親が立っていた。
右手には二の矢がある。
味方の安否など考えない冷酷な所業だった。
その目は、すでに衛士を離れ、境内を睥睨していた。
ここにイダテンがいると確信している目だ。
尻をついた場所が植え込みの陰でなければ国親の目から逃れることはできなかっただろう。
一方、混乱した衛士は、ばたつく飛天を矢ごと引き抜いて投げ捨てたものの、その痛みに耐えられず、膝から崩れ落ちると音をたてて屋根の上を転がった。
一瞬、国親の気がそれた。
イダテンは、飛天の落下点に向かって跳んだ。
矢ごと落ちてきた飛天を抱え込むように受けとめると、回廊と塀を、あっという間に飛び越した。
弓に自信のある国親といえど的を絞ることができなかった。
背後で、人の体が地面に叩きつけられる音がした。
杉の下の羊歯と灌木に覆われた薄暗い斜面を転がるように降った。
追ってくる者がないことを確認すると、立ち止まって腕の中の飛天を見た。
矢に貫かれ、血にまみれ、引きつったようにもがいている。
即死は免れたようだが、助かる見込みはない。
Posted by beckywong at
22:40
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2024年10月12日
報春院は彼の前に膝を折って
報春院は彼の前に膝を折って
『お濃殿もわらわも、此度の蒲生殿のご好意をのう思うておりまする。お言葉に甘え、日野にてご厄介になることに致します』
とな態度で告げた。
返答に思わず安堵の笑みを広げる。
『…ただ、日野の城へ立ち退くにあたって、わらわから一つお願いがございます』
『何でございましょう?』
『既にお鍋殿からお聞き及びとは思いまするが、御台様は数日前よりお加減が悪く、立ち居も難儀なご様子じゃ。それ故、
ご容体のことも考えて、お濃殿の輿を誰よりも先に城内から運び出し、そのすぐ後にわらわの輿を運び出してもらいたいのです』
『大方様のお輿も?』
『…ええ。日野までの道中で、お濃殿のお加減が悪うなったら事です故』
まさか孫の正体が明るみになるのを危惧しての事とは言える訳もなく、報春院はあくまでも、嫁のを気遣う優しい姑を演じた。
『左様にございますか。であれば、に命じて、すぐに御台様がお乗りになる輿をこちらまで──』
『いえ、その必要はありませぬ。既に乗物部屋から輿を運び入れ、後はお濃殿を送り出すだけにございます』
『何と…』 https://classic-blog.udn.com/79ce0388/181113708 https://freelancer.anime-voice.com/Entry/84/ https://ypxo2dzizobm.blog.fc2.com/blog-entry-109.html
いつの間にそこまで、と賢秀は驚いていたが
『ささ、急ぎ賦秀殿や兵たちにもお伝え下され。お濃殿はすぐにお発ちじゃ』
報春院は疑念を抱く暇を与えまいと、早々に立ち退きの仕度にかからせた。
こうして半刻も経たぬ内に、胡蝶を乗せた御台所の輿が運び出され、そのすぐ後に報春院の輿が、それぞれ警固の兵に護られながら安土城を出ていった。
城は家臣の木村に預けられ、お鍋の方ら側室たちも順々に日野へと退去していったが、
仕えていた女たちは徒歩で従った為、足に血が滲む者もあり、目も当てられぬほど哀れな様子だったという。
日野城に着いてからも、くは慌ただしい日々が続いた。
安土から運ばせた所持品を整理する者もいれば、仮住まいの部屋を居心地の良いように整える者、中には精神を落ち着かせる為に写経をする者もいたが、
その大半は、いずれこちらへも攻めて来るかも知れない明智軍への備えとして、薙刀の手入れや、の仕度を始める者がんどであった。
胡蝶は、報春院と共に二の丸御殿の最奥へ入ったが、日中でも戸を閉め切った部屋の中で過ごし、一切 表には出て来ようとしなかった。
それは無論、密事を守る為でもあったのだが、父母や蘭丸を失った胡蝶自身の傷心が大きく、古沍やお菜津が声をかけてもの空であることが多かった。
──この日も室内に引きこもり、周囲をで囲った上座の内で、ぼんやりとれかかっていた。
畳の上には長い絵巻物が広げられ、胡蝶はそれをろな瞳で眺めている。
『……父上様』
その絵巻物には、馬に乗った信長らしき男の姿と、それに従う蘭丸らしき小姓の姿が、実に繊細な筆使いで描かれている。
かつて、安土城下で行われたえの折に、何とか胡蝶にもその光景を見せてやりたいと、濃姫が絵師たちに命じて描かせた物であった。
『お濃殿もわらわも、此度の蒲生殿のご好意をのう思うておりまする。お言葉に甘え、日野にてご厄介になることに致します』
とな態度で告げた。
返答に思わず安堵の笑みを広げる。
『…ただ、日野の城へ立ち退くにあたって、わらわから一つお願いがございます』
『何でございましょう?』
『既にお鍋殿からお聞き及びとは思いまするが、御台様は数日前よりお加減が悪く、立ち居も難儀なご様子じゃ。それ故、
ご容体のことも考えて、お濃殿の輿を誰よりも先に城内から運び出し、そのすぐ後にわらわの輿を運び出してもらいたいのです』
『大方様のお輿も?』
『…ええ。日野までの道中で、お濃殿のお加減が悪うなったら事です故』
まさか孫の正体が明るみになるのを危惧しての事とは言える訳もなく、報春院はあくまでも、嫁のを気遣う優しい姑を演じた。
『左様にございますか。であれば、に命じて、すぐに御台様がお乗りになる輿をこちらまで──』
『いえ、その必要はありませぬ。既に乗物部屋から輿を運び入れ、後はお濃殿を送り出すだけにございます』
『何と…』 https://classic-blog.udn.com/79ce0388/181113708 https://freelancer.anime-voice.com/Entry/84/ https://ypxo2dzizobm.blog.fc2.com/blog-entry-109.html
いつの間にそこまで、と賢秀は驚いていたが
『ささ、急ぎ賦秀殿や兵たちにもお伝え下され。お濃殿はすぐにお発ちじゃ』
報春院は疑念を抱く暇を与えまいと、早々に立ち退きの仕度にかからせた。
こうして半刻も経たぬ内に、胡蝶を乗せた御台所の輿が運び出され、そのすぐ後に報春院の輿が、それぞれ警固の兵に護られながら安土城を出ていった。
城は家臣の木村に預けられ、お鍋の方ら側室たちも順々に日野へと退去していったが、
仕えていた女たちは徒歩で従った為、足に血が滲む者もあり、目も当てられぬほど哀れな様子だったという。
日野城に着いてからも、くは慌ただしい日々が続いた。
安土から運ばせた所持品を整理する者もいれば、仮住まいの部屋を居心地の良いように整える者、中には精神を落ち着かせる為に写経をする者もいたが、
その大半は、いずれこちらへも攻めて来るかも知れない明智軍への備えとして、薙刀の手入れや、の仕度を始める者がんどであった。
胡蝶は、報春院と共に二の丸御殿の最奥へ入ったが、日中でも戸を閉め切った部屋の中で過ごし、一切 表には出て来ようとしなかった。
それは無論、密事を守る為でもあったのだが、父母や蘭丸を失った胡蝶自身の傷心が大きく、古沍やお菜津が声をかけてもの空であることが多かった。
──この日も室内に引きこもり、周囲をで囲った上座の内で、ぼんやりとれかかっていた。
畳の上には長い絵巻物が広げられ、胡蝶はそれをろな瞳で眺めている。
『……父上様』
その絵巻物には、馬に乗った信長らしき男の姿と、それに従う蘭丸らしき小姓の姿が、実に繊細な筆使いで描かれている。
かつて、安土城下で行われたえの折に、何とか胡蝶にもその光景を見せてやりたいと、濃姫が絵師たちに命じて描かせた物であった。
Posted by beckywong at
21:59
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2024年10月10日
してお守り致します」
してお守り致します」
と告げ、それを聞いた信忠の側近・斎藤(斎藤道三の末子)も
「左様にございます。我ら全員が死に絶えましょうとも、殿のお命さえご無事であれば、織田家の天下も朽ちることはございませぬ故」
と希望を与えるように言上した。
誠仁は「…さよか、さよか」と小さく頷きながら、微かにの笑みを浮かべると
「ならば、信忠さんの事はそもじらに任せました。何事もおよしよしに頼みますぞ」
平伏する家臣たちに穏やかに申し渡した。
「…東宮様。まことにおしきことながら、しのお別れにございます」
どうぞ内裏までの道中お気をつけて、と信忠は感慨を込めて告げた。
「信忠さんもな」 https://blog.udn.com/a440edbd/181113662 https://classic-blog.udn.com/a440edbd/181113687 https://mathew.blog.shinobi.jp/Entry/7/
「はい…」
「有り難ぅ、ご機嫌よぅ」
誠仁は公家らしい挨拶をすると、貞勝らに導かれるようにして足早に座から去っていった。
誠仁親王が、その妻子や公卿衆を連れて御所を脱出すると、斎藤利治ら信忠の家臣たちは、
二条新御所の奥まったに集まって、神妙な面持ちの主君と向かい合った。
信忠はこのまま御所にするつもりであったが、家臣たちの意見はまちまちであった。
「──このまま御所に籠るなど、それこそ死の時を自ら招き入れるようなものにございます!」
「左様。明智勢が押し寄せて参る前に、別へ避難するべきにございます!」
と、信忠に退却をす者もいれば
「明智がどこまで包囲網を張っておるのかも分からぬのに、どこへ避難せよというのじゃ!?」
「にも。に動けば、最悪 雑兵の手に落ちる事になりまするぞ!」
「敵を目の前にして逃げ出すなど武士の恥。やはりこの場にまるべきかと存じます!」
と籠城に賛成する者もおり、信忠の心は揺れていた。
「源三郎は思う?」
信忠は側に控えていた異母弟・津田源三郎(織田勝長)をする。
「はっ──、も無闇に動かれるのは如何なものかと。敵の動きが分からぬ以上、何が命取りになるか分かりませぬ故」
「…そうか」
信忠は深い溜め息を吐くと、目を伏せて腕を組み、暫し考えを巡らせた。
やがて、ゆっくり目を見開くと
「元より、この二条御所にて明智勢を迎え撃つ覚悟である。今更それを変えるような真似は出来ぬ」
信忠は決意的に述べた。
退却派からはとした声が、籠城派からは満足そうな息づかいが漏れた。
「これほどの謀反じゃ。敵も手抜かりのう近辺を包囲し、万一にも我々を逃すことはないであろう」
「されど危険でございます! もしも敵方が、殿の御首を狙うて御所内へ攻め入って参ったら、もはや…」
重臣の一人が声を上げると、信忠は分かっているとばかりに大きく頷いた。
「無論、敵の手に落ちるのはわたしも嫌じゃ。逆臣共の、それも雑兵などの手にかかって死ぬのは、
後々までの不名誉であり、実に無念なことである。そうなるくらいならば、わたしはここで腹を切る」
「 ! 早まってはなりませぬ兄上ッ」
「良いのじゃ、源三郎。既に覚悟しておったこと。今更 死など恐れてはおらぬ」
「…兄上…」
「良いのじゃ、もう」
信忠のそうな面差しに、儚げな微笑が広がった。
その神妙な覚悟は痛ましいほどで、一同は無念とばかりに口を真一文字に結ぶと、
涙が溢れ出そうになるのを必死に堪えながら、し顔をけていた。
一方 信長を討った光秀は、燃えて崩れ落ちてゆく本能寺を、未だ茫然とした面持ちで眺めていた。
と告げ、それを聞いた信忠の側近・斎藤(斎藤道三の末子)も
「左様にございます。我ら全員が死に絶えましょうとも、殿のお命さえご無事であれば、織田家の天下も朽ちることはございませぬ故」
と希望を与えるように言上した。
誠仁は「…さよか、さよか」と小さく頷きながら、微かにの笑みを浮かべると
「ならば、信忠さんの事はそもじらに任せました。何事もおよしよしに頼みますぞ」
平伏する家臣たちに穏やかに申し渡した。
「…東宮様。まことにおしきことながら、しのお別れにございます」
どうぞ内裏までの道中お気をつけて、と信忠は感慨を込めて告げた。
「信忠さんもな」 https://blog.udn.com/a440edbd/181113662 https://classic-blog.udn.com/a440edbd/181113687 https://mathew.blog.shinobi.jp/Entry/7/
「はい…」
「有り難ぅ、ご機嫌よぅ」
誠仁は公家らしい挨拶をすると、貞勝らに導かれるようにして足早に座から去っていった。
誠仁親王が、その妻子や公卿衆を連れて御所を脱出すると、斎藤利治ら信忠の家臣たちは、
二条新御所の奥まったに集まって、神妙な面持ちの主君と向かい合った。
信忠はこのまま御所にするつもりであったが、家臣たちの意見はまちまちであった。
「──このまま御所に籠るなど、それこそ死の時を自ら招き入れるようなものにございます!」
「左様。明智勢が押し寄せて参る前に、別へ避難するべきにございます!」
と、信忠に退却をす者もいれば
「明智がどこまで包囲網を張っておるのかも分からぬのに、どこへ避難せよというのじゃ!?」
「にも。に動けば、最悪 雑兵の手に落ちる事になりまするぞ!」
「敵を目の前にして逃げ出すなど武士の恥。やはりこの場にまるべきかと存じます!」
と籠城に賛成する者もおり、信忠の心は揺れていた。
「源三郎は思う?」
信忠は側に控えていた異母弟・津田源三郎(織田勝長)をする。
「はっ──、も無闇に動かれるのは如何なものかと。敵の動きが分からぬ以上、何が命取りになるか分かりませぬ故」
「…そうか」
信忠は深い溜め息を吐くと、目を伏せて腕を組み、暫し考えを巡らせた。
やがて、ゆっくり目を見開くと
「元より、この二条御所にて明智勢を迎え撃つ覚悟である。今更それを変えるような真似は出来ぬ」
信忠は決意的に述べた。
退却派からはとした声が、籠城派からは満足そうな息づかいが漏れた。
「これほどの謀反じゃ。敵も手抜かりのう近辺を包囲し、万一にも我々を逃すことはないであろう」
「されど危険でございます! もしも敵方が、殿の御首を狙うて御所内へ攻め入って参ったら、もはや…」
重臣の一人が声を上げると、信忠は分かっているとばかりに大きく頷いた。
「無論、敵の手に落ちるのはわたしも嫌じゃ。逆臣共の、それも雑兵などの手にかかって死ぬのは、
後々までの不名誉であり、実に無念なことである。そうなるくらいならば、わたしはここで腹を切る」
「 ! 早まってはなりませぬ兄上ッ」
「良いのじゃ、源三郎。既に覚悟しておったこと。今更 死など恐れてはおらぬ」
「…兄上…」
「良いのじゃ、もう」
信忠のそうな面差しに、儚げな微笑が広がった。
その神妙な覚悟は痛ましいほどで、一同は無念とばかりに口を真一文字に結ぶと、
涙が溢れ出そうになるのを必死に堪えながら、し顔をけていた。
一方 信長を討った光秀は、燃えて崩れ落ちてゆく本能寺を、未だ茫然とした面持ちで眺めていた。
Posted by beckywong at
20:45
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2024年10月10日
け眼を大きく見開いた。
け眼を大きく見開いた。
「わたしにも信じ難きことながら、明智光秀の謀反により、本能寺にて果てたとのせが」
「……何ということや、何という…」
誠仁は眉間に深い皺を寄せ、脱力したように側にあったに身体を預けた。
「よもや臣下に討たれるとは、何とおいとしぃ(気の毒な)こと…。信長さんはこなたにとっても、大恩あるお方であらしゃったのに」
誠仁はやりきれない思いでくと、ハッと顔を上げて、まじまじと信忠の顔を見た。
「…信忠さん」
「何でございましょう?」
「こなたも、腹を切るべきであろうか?」
相手の唐突な問いに、信忠も「えっ」となる。
「今の我が身があるのも、よう考えれば信長さんお力添えのお陰や。はもじ(恥ずかし)ながら、こなたもそれをずっと頼りにして参ったよって…。
信長さんのによって成り立った身ぃやから、信長さんがお隠れにならしゃった今、こなたもそれにずるのが道理やないやろか?」
「東宮様…」 https://blog.udn.com/29339bfd/181113621 https://classic-blog.udn.com/29339bfd/181113694 https://mathewanderson.blog-mmo.com/Entry/22/
誠仁はそこまで父に恩義を感じてくれていたのかと、信忠は思わず感じ入った。
すると信忠の背後に控えていた貞勝が
「そのを聞いておりましたら、信長公もさぞやお喜びになられた事にございましょう。 ……されど、その必要はございませぬ」
口元に笑みを作りながら、伏し目がちに首を振った。
「何でや!? そもじ(貴方)、よもやこなたには腹を切る覚悟がないとでもお思いか?」
「滅相もございませぬ。──されど、元よりは武辺の者の習わしにございますれば、
きお立場の東宮様が、無理にお従いになる必要はございませぬ」
「無理などしておらぬ。立場など関係なく、己の意思で殉じたいと言うておりますのや」
「さりながら東宮様は、畏れ多くものご嫡子にて、いずれは天下のとなられるお方にございます。
あなた様が次の御主上となられることは、信長公のご意志でもあられたこと。大恩有りとお思いされるのならば、
このまま生き永らえて、そのご意志を叶えて差し上げて下さいませ。さすれば信長公への良きご恩返しにもなりましょう」
貞勝の説得を聞いて、信忠も最もだと言わんばかりに頷いた。
「左様にございます。今は生き延びることを第一にお考え下さいませ」
「──」
誠仁は悩ましげな表情を浮かべていたが、状況が状況である。
無理をく訳にもいかず
「…分かった…。短慮な真似はやめまひょう」
ややあってから重たくした。
「…せやけど信忠さん、そもじはこの先、あそばされるおつもりなのや?」
「ず、このままこちらの御所へ籠りまして、明智勢を迎え撃つ所存にございます」
「これはきょくんな(驚いた)こと。この御所にて…!?」
「はい──。故に東宮様にお願いがございます。こちらの御所は間もなくと化します故、
東宮様、若宮様を始めとする御所の皆様方には、急ぎへお移り下さいますよう、お願い申し上げます」
信忠はと双の手をつかえた。
つい今しがたまでしていた御所を戦場にするというのだから、誠仁は当然のように当惑するであろうと思っていた。
しかし誠仁は、深刻そうな面持ちで軽く首を前に振ると
「…元よりこの御所は信長さんより譲り受けたもんや。どないに扱われるかは織田さんの自由やよって、やは申しませぬ」
殉死の覚悟をしていただけあってか、難色は示さなかった。
「されど心配や。逆臣とは言え、お相手はあの信長さんを討たれた程のお人や。勝ち目はありますのか?」
「それは…」
「よもや、負け戦をなさるおつもりではないですやろな?」
誠仁の問いかけに、信忠は思わず答えあぐねた。
光秀の手勢は一万を超えるが、信忠の手勢はか数百である。
いくら二条新御所の構えが強固でも、御所内にまで攻め込まれたら、どこまでえ切れるか…。
答えぬまま信忠がれていると、貞勝が気丈に
「ご安心下さいませ。例え負け戦になりましょうとも、殿のお命だけは、我ら臣下が身を
「わたしにも信じ難きことながら、明智光秀の謀反により、本能寺にて果てたとのせが」
「……何ということや、何という…」
誠仁は眉間に深い皺を寄せ、脱力したように側にあったに身体を預けた。
「よもや臣下に討たれるとは、何とおいとしぃ(気の毒な)こと…。信長さんはこなたにとっても、大恩あるお方であらしゃったのに」
誠仁はやりきれない思いでくと、ハッと顔を上げて、まじまじと信忠の顔を見た。
「…信忠さん」
「何でございましょう?」
「こなたも、腹を切るべきであろうか?」
相手の唐突な問いに、信忠も「えっ」となる。
「今の我が身があるのも、よう考えれば信長さんお力添えのお陰や。はもじ(恥ずかし)ながら、こなたもそれをずっと頼りにして参ったよって…。
信長さんのによって成り立った身ぃやから、信長さんがお隠れにならしゃった今、こなたもそれにずるのが道理やないやろか?」
「東宮様…」 https://blog.udn.com/29339bfd/181113621 https://classic-blog.udn.com/29339bfd/181113694 https://mathewanderson.blog-mmo.com/Entry/22/
誠仁はそこまで父に恩義を感じてくれていたのかと、信忠は思わず感じ入った。
すると信忠の背後に控えていた貞勝が
「そのを聞いておりましたら、信長公もさぞやお喜びになられた事にございましょう。 ……されど、その必要はございませぬ」
口元に笑みを作りながら、伏し目がちに首を振った。
「何でや!? そもじ(貴方)、よもやこなたには腹を切る覚悟がないとでもお思いか?」
「滅相もございませぬ。──されど、元よりは武辺の者の習わしにございますれば、
きお立場の東宮様が、無理にお従いになる必要はございませぬ」
「無理などしておらぬ。立場など関係なく、己の意思で殉じたいと言うておりますのや」
「さりながら東宮様は、畏れ多くものご嫡子にて、いずれは天下のとなられるお方にございます。
あなた様が次の御主上となられることは、信長公のご意志でもあられたこと。大恩有りとお思いされるのならば、
このまま生き永らえて、そのご意志を叶えて差し上げて下さいませ。さすれば信長公への良きご恩返しにもなりましょう」
貞勝の説得を聞いて、信忠も最もだと言わんばかりに頷いた。
「左様にございます。今は生き延びることを第一にお考え下さいませ」
「──」
誠仁は悩ましげな表情を浮かべていたが、状況が状況である。
無理をく訳にもいかず
「…分かった…。短慮な真似はやめまひょう」
ややあってから重たくした。
「…せやけど信忠さん、そもじはこの先、あそばされるおつもりなのや?」
「ず、このままこちらの御所へ籠りまして、明智勢を迎え撃つ所存にございます」
「これはきょくんな(驚いた)こと。この御所にて…!?」
「はい──。故に東宮様にお願いがございます。こちらの御所は間もなくと化します故、
東宮様、若宮様を始めとする御所の皆様方には、急ぎへお移り下さいますよう、お願い申し上げます」
信忠はと双の手をつかえた。
つい今しがたまでしていた御所を戦場にするというのだから、誠仁は当然のように当惑するであろうと思っていた。
しかし誠仁は、深刻そうな面持ちで軽く首を前に振ると
「…元よりこの御所は信長さんより譲り受けたもんや。どないに扱われるかは織田さんの自由やよって、やは申しませぬ」
殉死の覚悟をしていただけあってか、難色は示さなかった。
「されど心配や。逆臣とは言え、お相手はあの信長さんを討たれた程のお人や。勝ち目はありますのか?」
「それは…」
「よもや、負け戦をなさるおつもりではないですやろな?」
誠仁の問いかけに、信忠は思わず答えあぐねた。
光秀の手勢は一万を超えるが、信忠の手勢はか数百である。
いくら二条新御所の構えが強固でも、御所内にまで攻め込まれたら、どこまでえ切れるか…。
答えぬまま信忠がれていると、貞勝が気丈に
「ご安心下さいませ。例え負け戦になりましょうとも、殿のお命だけは、我ら臣下が身を
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20:43
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2024年10月08日
「それよりも信長様じゃ!信長様の首を
「それよりも信長様じゃ!信長様の首を一刻も早く取って参るのだ!急げ」
秀満は厳しく言い渡し、彼らを寺の奥へと走らせた。
一方の蘭丸も、信長と濃姫の姿を捜して寺の廊下を駆けていた。
火のまわりが思った以上に早かったらしく、通路のあちらこらで炎が上がり、天井にまで伸びているもあった。
蘭丸が左右に目をやりつつ、書院の方へ進んで行くと
「やああぁぁーー!!」
廊下の角にんでいた敵兵が、前方から襲いかかって来た。
蘭丸は身を交わし、の如き俊敏さで太刀を振るう。
既に数十名を相手にし、蘭丸の細い身体は疲労しきっていたが、ここで力を抜いてはが殺される。https://blog.udn.com/3bebdbf2/181113749 https://classic-blog.udn.com/3bebdbf2/181113792 https://carinaa.blog.shinobi.jp/Entry/8/
表で戦っている味方が全員倒れ、明智勢がドッと建物の中に押し入って来るまでに、もうもかからないだろう。
その前に何とか、信長や濃姫の側に行かなくては。
夫妻を全力で守り抜くこと、それが織田家忠臣としての、最後の御奉公であると蘭丸は心得ていた。
蘭丸は、今にも火花が飛び散りそうな程の激しい刀捌きを見せると
「ぐぁぁ!!」
やがて相手の腕やを斬り付けて、その動きを封じた。
敵兵は思わず尻餅ついて倒れ、「待て!ま、待ってくれ!」と手のひらを蘭丸の前に突き出す。
しかし生かしておくことは出来ず、蘭丸は刀を振り上げ、じりじりと相手に近付いてゆく。
獲物を追い詰めた虎のようにな目で、蘭丸はギリッと敵を睨み付けると
「やあーーー!!」
と甲高い声を上げて、太刀を振り下ろした。
その瞬間、ぽた…、ぽたぽた…と、赤い雫が蘭丸の足元に落ちた。
蘭丸は思わず眉をひそめる。
自分が振り下ろした太刀は、目の前にいる兵の頭の、寸前のところで止まっているのに、
何故 自分の足元に、血痕らしきものが点々と落ちているのだろう…。
そう思った瞬間、蘭丸は腹部に異物を感じて、視線を更に下げた。
「……え…」
己の目を疑った。
自分の腹の中心から、槍の先が突き出し、それをつたって血がしたたり落ちている。
やがて全身を駆け抜けるような激しい痛みを感じて振り返ると、別の明智兵が、背後から蘭丸に槍を突き刺していた。
血走った目を、蘭丸が背後の兵に向けるなり
「やあぁーッ!」
という声と共に、前方からも刀が突き出て、蘭丸の腹をいた。
異物感と共に、ツーと冷たい感触が腹部に広がった。
を入れられたような、実に気持ちの悪い冷たさだった。
が、程なくそれは激しい熱に変わり、やがて焼けるような強い痛みに変わった。
「ぐ…ぁ!!」
喉の奥から強烈な金属の味がこみ上げてきたのと同時に、蘭丸の口から、
赤黒い血がぼたぼたと音を立てて床板の上に吐き出された。
やがて、槍と刀が同時に引き抜かれ、支えを失った蘭丸は、糸の切れたのようにバタリと廊下に倒れた。
「…間一髪であったな」
「ああ…助かった」
兵たちはに満ちた表情で言うと、まるで何事もなかったかのように、廊下の先へと駆けていった。
その場に残された蘭丸は、床板を血の海にしながらも、くは微動だにしなかった。
しかし程なく
「─ッ!」
息を吹き返したかのように大きくを震わせると、血溜まりに横顔をすり付けた状態で、
右手を懸命に廊下の先に伸ばし、バン!バン!と、手で床板を
秀満は厳しく言い渡し、彼らを寺の奥へと走らせた。
一方の蘭丸も、信長と濃姫の姿を捜して寺の廊下を駆けていた。
火のまわりが思った以上に早かったらしく、通路のあちらこらで炎が上がり、天井にまで伸びているもあった。
蘭丸が左右に目をやりつつ、書院の方へ進んで行くと
「やああぁぁーー!!」
廊下の角にんでいた敵兵が、前方から襲いかかって来た。
蘭丸は身を交わし、の如き俊敏さで太刀を振るう。
既に数十名を相手にし、蘭丸の細い身体は疲労しきっていたが、ここで力を抜いてはが殺される。https://blog.udn.com/3bebdbf2/181113749 https://classic-blog.udn.com/3bebdbf2/181113792 https://carinaa.blog.shinobi.jp/Entry/8/
表で戦っている味方が全員倒れ、明智勢がドッと建物の中に押し入って来るまでに、もうもかからないだろう。
その前に何とか、信長や濃姫の側に行かなくては。
夫妻を全力で守り抜くこと、それが織田家忠臣としての、最後の御奉公であると蘭丸は心得ていた。
蘭丸は、今にも火花が飛び散りそうな程の激しい刀捌きを見せると
「ぐぁぁ!!」
やがて相手の腕やを斬り付けて、その動きを封じた。
敵兵は思わず尻餅ついて倒れ、「待て!ま、待ってくれ!」と手のひらを蘭丸の前に突き出す。
しかし生かしておくことは出来ず、蘭丸は刀を振り上げ、じりじりと相手に近付いてゆく。
獲物を追い詰めた虎のようにな目で、蘭丸はギリッと敵を睨み付けると
「やあーーー!!」
と甲高い声を上げて、太刀を振り下ろした。
その瞬間、ぽた…、ぽたぽた…と、赤い雫が蘭丸の足元に落ちた。
蘭丸は思わず眉をひそめる。
自分が振り下ろした太刀は、目の前にいる兵の頭の、寸前のところで止まっているのに、
何故 自分の足元に、血痕らしきものが点々と落ちているのだろう…。
そう思った瞬間、蘭丸は腹部に異物を感じて、視線を更に下げた。
「……え…」
己の目を疑った。
自分の腹の中心から、槍の先が突き出し、それをつたって血がしたたり落ちている。
やがて全身を駆け抜けるような激しい痛みを感じて振り返ると、別の明智兵が、背後から蘭丸に槍を突き刺していた。
血走った目を、蘭丸が背後の兵に向けるなり
「やあぁーッ!」
という声と共に、前方からも刀が突き出て、蘭丸の腹をいた。
異物感と共に、ツーと冷たい感触が腹部に広がった。
を入れられたような、実に気持ちの悪い冷たさだった。
が、程なくそれは激しい熱に変わり、やがて焼けるような強い痛みに変わった。
「ぐ…ぁ!!」
喉の奥から強烈な金属の味がこみ上げてきたのと同時に、蘭丸の口から、
赤黒い血がぼたぼたと音を立てて床板の上に吐き出された。
やがて、槍と刀が同時に引き抜かれ、支えを失った蘭丸は、糸の切れたのようにバタリと廊下に倒れた。
「…間一髪であったな」
「ああ…助かった」
兵たちはに満ちた表情で言うと、まるで何事もなかったかのように、廊下の先へと駆けていった。
その場に残された蘭丸は、床板を血の海にしながらも、くは微動だにしなかった。
しかし程なく
「─ッ!」
息を吹き返したかのように大きくを震わせると、血溜まりに横顔をすり付けた状態で、
右手を懸命に廊下の先に伸ばし、バン!バン!と、手で床板を
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17:04
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2024年09月30日
信玄以来の武田家重臣たちも、その多数が
信玄以来の武田家重臣たちも、その多数が討ち死にしたのである。
そして、この「長篠の戦い」の勝利から七年──。
信長の嫡男・を攻め、見事 戦勝を得たのである。
敗走した武田勝頼は、正室の北条夫人や嫡男の信勝と共に自刃して果てた為、甲斐武田氏は滅亡。
これにより近畿一円に加えて、甲斐までもが織田家の領土となり、
信長は宿願であった日本国平定に、王手をかける形となった。
そんな甲斐武田攻めの功労者である信忠が、安土城の信長の元へ召し出されたのは、それから程なくのこと。
広々とした座敷の上段と下段に別れ、父と子は互いに笑みを作りつつ、端然と向か合った。https://ameblo.jp/freelance12/entry-12862505929.html https://debsy.e-monsite.com/blog/--6.html https://blog.udn.com/79ce0388/180878862
上段の端には、齋の局をった濃姫も控えており、下段に座す義理の息子を、それは誇らしそうに眺めていた。
「──此度の働き、実にあっぱれであった。さすがは織田家の頭領じゃと、重臣らも 感嘆の声を漏らしておるぞ」
「れ多いお言葉にございます、父上様」
父親によく似た端麗な面差しをめながら、信忠は伏し目がちに一礼を垂れた。
「されど、此度の勝利はあくまでも、甲斐武田の勢力が既に弱まっていたが故に得られたもの。
長篠の合戦にて、父上様が武田の騎馬隊、精鋭の武将らを、次々に討ち取って下されていたお陰に他なりませぬ」
「ならば、此度の戦勝も儂の手柄か?」
「にございます」
「ははは、下手な世辞はよい。此度のことは全てそなたの働き故じゃ。素直に賛辞を受けるが良い」
「畏れ入りります」
「まさか信玄公も、甲斐武田がそなたの手で滅ぼされることになろうとは、予想もしておらなんだであろう。
こうしている内にも天上から、あのお方の激しいりが聞こえて来るような気がしてならん」
信長が冗談めかして言うと
「…畏れながら父上様」
「何じゃ?」
「には一つ…、気がかりなことがございまする」
信忠は、父の顔色を伺うように、恐る恐る切り出した。
「気がかりとは何だ?」
「…松姫殿のことにございます」
「松姫じゃと?」
「はい。勝頼殿が果てた後は、兄上の仁科盛信により城へ逃がされ、今はかの寺へ落ち延びているらしいとの報がございました。
出来ますれば、織田家にて姫の行方を捜し、丁重に保護致しとう存じまする。きっとのことで、姫もだいぶ傷心されて…」
「待て、信忠」
信長は眉を寄せ、厳しい声色で制した。
「松姫とは、亡き信玄公の姫君のことであろう? 左様な姫を、に織田家で引き取らねばならぬのじゃ」
信忠は驚いたように目をいたが、臆せずに進言する。
「恐れながら、松姫殿はこの信忠のにございますれば…」
「それはかつての話じゃ。武田の姫との縁組など、とうの昔に解消されておる」
そなたが今さら気にかける必要はないと、信長は冷やかに告げた。
「…確かに、せの通りではございますが、は……」
「何じゃ?」
「松姫殿を、一生のと思い定めております故」
その言葉に、信長は眉間のを深め、対して濃姫と齋の局は笑みを浮かべた。
「信忠、を申すでない」
「戯れ言ではございませぬ!本心にございます」
そして、この「長篠の戦い」の勝利から七年──。
信長の嫡男・を攻め、見事 戦勝を得たのである。
敗走した武田勝頼は、正室の北条夫人や嫡男の信勝と共に自刃して果てた為、甲斐武田氏は滅亡。
これにより近畿一円に加えて、甲斐までもが織田家の領土となり、
信長は宿願であった日本国平定に、王手をかける形となった。
そんな甲斐武田攻めの功労者である信忠が、安土城の信長の元へ召し出されたのは、それから程なくのこと。
広々とした座敷の上段と下段に別れ、父と子は互いに笑みを作りつつ、端然と向か合った。https://ameblo.jp/freelance12/entry-12862505929.html https://debsy.e-monsite.com/blog/--6.html https://blog.udn.com/79ce0388/180878862
上段の端には、齋の局をった濃姫も控えており、下段に座す義理の息子を、それは誇らしそうに眺めていた。
「──此度の働き、実にあっぱれであった。さすがは織田家の頭領じゃと、重臣らも 感嘆の声を漏らしておるぞ」
「れ多いお言葉にございます、父上様」
父親によく似た端麗な面差しをめながら、信忠は伏し目がちに一礼を垂れた。
「されど、此度の勝利はあくまでも、甲斐武田の勢力が既に弱まっていたが故に得られたもの。
長篠の合戦にて、父上様が武田の騎馬隊、精鋭の武将らを、次々に討ち取って下されていたお陰に他なりませぬ」
「ならば、此度の戦勝も儂の手柄か?」
「にございます」
「ははは、下手な世辞はよい。此度のことは全てそなたの働き故じゃ。素直に賛辞を受けるが良い」
「畏れ入りります」
「まさか信玄公も、甲斐武田がそなたの手で滅ぼされることになろうとは、予想もしておらなんだであろう。
こうしている内にも天上から、あのお方の激しいりが聞こえて来るような気がしてならん」
信長が冗談めかして言うと
「…畏れながら父上様」
「何じゃ?」
「には一つ…、気がかりなことがございまする」
信忠は、父の顔色を伺うように、恐る恐る切り出した。
「気がかりとは何だ?」
「…松姫殿のことにございます」
「松姫じゃと?」
「はい。勝頼殿が果てた後は、兄上の仁科盛信により城へ逃がされ、今はかの寺へ落ち延びているらしいとの報がございました。
出来ますれば、織田家にて姫の行方を捜し、丁重に保護致しとう存じまする。きっとのことで、姫もだいぶ傷心されて…」
「待て、信忠」
信長は眉を寄せ、厳しい声色で制した。
「松姫とは、亡き信玄公の姫君のことであろう? 左様な姫を、に織田家で引き取らねばならぬのじゃ」
信忠は驚いたように目をいたが、臆せずに進言する。
「恐れながら、松姫殿はこの信忠のにございますれば…」
「それはかつての話じゃ。武田の姫との縁組など、とうの昔に解消されておる」
そなたが今さら気にかける必要はないと、信長は冷やかに告げた。
「…確かに、せの通りではございますが、は……」
「何じゃ?」
「松姫殿を、一生のと思い定めております故」
その言葉に、信長は眉間のを深め、対して濃姫と齋の局は笑みを浮かべた。
「信忠、を申すでない」
「戯れ言ではございませぬ!本心にございます」
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22:32
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2024年09月29日
『 公記 』によると、安土城の天主閣および
『 公記 』によると、安土城の天主閣および、総見寺の軒先にの提灯が吊るされ、 大手道にはり衆を配置して、また入り江には浮き舟を浮かべていたという。 ──夕暮れ時。 濃姫は信長に手を引かれながら、安土城内に築かれたの階段をゆっくりと登っていた。 「上様、そろそろ教えて下さいませ。いったい何を見せて下さるのです?」 濃姫が弾んだ声で訊くと 「すぐに分かる、すぐにな」 信長も自信に満ちた声で答えながら、姫を上へ上へとっていった。 櫓の最上部では、蘭丸を除く数名の信長の近習たちが待ち構えており、夫婦の訪れを一礼の姿勢で出迎えた。 「支度は出来ておるか?」 「はい──あちらに」 近習の一人が頭を垂れつつ、手で北側を指し示した。 そこには、豪奢な西洋風の椅子が二つ、の敷かれた床板の上に、横並びで置かれていた。 が、何故かれが、こちらを向くような形で並べられている。 椅子の正面には、外の景色が一望できる回縁があるのだが、今は境のが下ろされており、 数十本のが灯る明るい室内からは、僅かにも外の景色が見えないようになっていた。 信長はその椅子の一脚に腰を下ろすとhttps://www.liveinternet.ru/users/freelance12/post507702456/ https://plaza.rakuten.co.jp/aisha1579/diary/202409270007/ https://blog.goo.ne.jp/debsy/e/fb8d6c81283ac974afaf67aa1b67cb01 「何をしておる、そなたもここへ」 立ち竦んでいる濃姫を隣の椅子に座らせた。 「──胡蝶には、儂が申したことをしかと伝えたであろうな?」 信長は声をひそめて、濃姫に訊ねる。 「はい。 “ 日が暮れたら縁側へ出て、全ての明かりが消えたら庭先へ出るように ” と」 「そうか。蘭丸には?」 「同様にお伝え致しました。きっと今頃はお菜津と共に、胡蝶に付いて縁側に出ておりましょう」 信長は笑んで頷くと 「もう間もなくじゃ」 正面に顔をやり、垂れ下がった御簾を期待のこもる瞳で眺めた。 濃姫も夫の愉しげな様子を見て、何が始まるのかと浮き浮きしていた。 それから程なくして、高櫓の階段を力丸が駆け上がって来て 「刻限──」 と、控える近習たちに向かってくような声量で告げた。 近習らはそれを合図に、室内に灯っていた蝋燭の火を次々と吹き消してゆく。 櫓の中は一瞬にして暗闇に包まれ、濃姫は少し驚いたような顔をしてきょろきょろと周囲を見回した。 やがて、近習二人の影が夫婦の横を通り過ぎ、正面に下げられていた御簾を、手早く巻き上げていった。 回縁の欄干の向こうに、ほんの僅かだが外の景色が見える。 ここと同様に、城内の全ての灯りが消されてしまったらしく、安土城全体が暗闇に包まれていた。 『 上様はいったい何をしようとして… 』 と濃姫が考えていた時、闇の奥に、ぽつり、ぽつりと小さな光が灯り始めた。 まるで夏の小川に無数の蛍が飛び交うかの如く、城中全体に小さなの光が点々と灯り、 やがて城の天主閣や総見寺の建物全体が、夜闇の中でと光を放ち始めた。 入り江に浮かべた浮き舟も、の火で明るく照らされ、それが鏡のように透き通った水面に映り込んで、実に優美である。 大手道に配置していた馬廻り衆も、一人一人が松明を手にしており、彼らが並ぶ通りはさならが光の道のようであった。 その大がかりな城のライトアップを目にした濃姫は、すっかり魅了されて 「…美しい…、何と美しいのでしょう…」 まるでのように呟きながら、濃姫は回縁の欄干の前まで進み出ると、 軽く欄干から身を乗り出して、その幻想的な光景を眺めた。
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21:55
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2024年09月29日
聡明な胡蝶は、蘭丸との縁談が決して
聡明な胡蝶は、蘭丸との縁談が決して喜ばしいだけのものではないと分かっていた。
無いにも等しい形ばかりの婚姻であるし、蘭丸は表向き、年頃を過ぎても永遠に独り身である。
胡蝶を案じる信長は、娘可愛さのあまり蘭丸をにも出さないであろう。
他の家臣たちのように所帯を持つことも出来ず、戦場に出ない為 武功を立てることも叶わない。
ただ織田家の為に仕え、身体の不自由な胡蝶を、それこそ隠れるようにして支え続けてゆく日々…。
そこに “ ” というものがあるとは、胡蝶にはどうしても思えなかった。
「私の姿をお目になされたばかりに、あなた様の人生の、何もかもを奪ってしまったようで…本当に申し訳なく──」
「それは違いまする!」
胡蝶が頭を下げかけた時、蘭丸はこの部屋へ来て初めて声を張った。https://www.liveinternet.ru/users/freelance12/post507702264/ https://plaza.rakuten.co.jp/aisha1579/diary/202409270003/ https://blog.goo.ne.jp/debsy/e/3d7f5b94fbdd9166607eb5308d1a70d6
胡蝶は「え…」となって、怒りと焦りが入り雑じったような相手の相貌をまじまじと眺めた。
「姫様が悪いのではございませぬ! 此度のことは何もかも、の落ち度にございまする! 上様の言い付けに背き、禁を犯したのは某なのですから」
端麗な面差しをくしゃくしゃに歪めながら、蘭丸は強く訴える。
「それに、上様へなさり、某の命を救って下されたのは姫様ではございませぬか!?
悪いことなど一つもしていないのに、頭を下げようとするなど、間違っておりまする!」
「……蘭丸殿」
胡蝶がぽつりと呟くと、蘭丸はハッと我に返り
「こ、これはご無礼を──お許し下さいませ!」
と、再びその場にひれ伏した。
額を床にこすり付けるようにして詫びる蘭丸の姿を、胡蝶は静かな面持ちで眺めると
「蘭丸殿。どうぞ、顔をあげて下さいませ」
ややあってから、穏やかな口調で告げた。
「礼を申しまする。左様に私のことを叱って下されて」
蘭丸は静かに首をもたげ、和やかに微笑む胡蝶を見つめた。
「私の悪い癖なのです。己の身の上を決して恥じている訳ではないのに、ここで何か事が起こる度に、
つい “ 自分のせいでは ” と考えて卑屈になってしまう…。いけないと分かっているのに、なかなか直りませぬ」
胡蝶はたる思いで語りながら、徐に、自身の右手を蘭丸の手の上に重ねた。
「─!」
「これまで、私を本気で叱ってくれるのは母上様だけでしたので、何やら嬉しゅうございます。
今後も何かあれば、遠慮のう申して下さいませ。その方が私も、うございます」
「そんな…っ、某ごときが滅相もない」
「いいえ、是非そうして下さいませ。至らぬ妻には、なりとうございませぬ故」
重ねられた胡蝶の右手にやや力がこもる。
手の甲に胡蝶の温もりを感じながら、蘭丸は満面を薄紅色に染めると
「ご、ご容赦下さいませ!」
と、重ねられていた手を引っ込めて、恐縮がちにづいた。
相手の余裕なさげな態度を見て、胡蝶は着物の袖で口元を隠しながら、思わずくすくすと笑った。
「ほんに可愛らしいお方」
「…!?」
「何やら蘭丸殿とは、より良き関係が築けそうな気が致しまする」
胡蝶は満ち足りたような表情を浮かべると
「夫となるお方に、いつまでも “ 殿付け ” は可笑しゅうございますね。 …では、これよりはあなた様を “ 蘭丸様 ” と呼ぶことに致しまする」
先程の問いの答えを自ら導き出した。
蘭丸は思わず目を見張る。
「左様なこと…! 上様に叱れまする!」
「父上様には私からよくお話しを致しまする。何せいずれ夫婦となる間柄ですもの、文句など言わせませぬ」
そう言って無邪気にう胡蝶を見て
『 ──…ほんに、この姫御前は変わっておられる 』
蘭丸は、先程まで冷え切っていた心の中に、暖かい感情が広がってゆくのを感じていた。
無いにも等しい形ばかりの婚姻であるし、蘭丸は表向き、年頃を過ぎても永遠に独り身である。
胡蝶を案じる信長は、娘可愛さのあまり蘭丸をにも出さないであろう。
他の家臣たちのように所帯を持つことも出来ず、戦場に出ない為 武功を立てることも叶わない。
ただ織田家の為に仕え、身体の不自由な胡蝶を、それこそ隠れるようにして支え続けてゆく日々…。
そこに “ ” というものがあるとは、胡蝶にはどうしても思えなかった。
「私の姿をお目になされたばかりに、あなた様の人生の、何もかもを奪ってしまったようで…本当に申し訳なく──」
「それは違いまする!」
胡蝶が頭を下げかけた時、蘭丸はこの部屋へ来て初めて声を張った。https://www.liveinternet.ru/users/freelance12/post507702264/ https://plaza.rakuten.co.jp/aisha1579/diary/202409270003/ https://blog.goo.ne.jp/debsy/e/3d7f5b94fbdd9166607eb5308d1a70d6
胡蝶は「え…」となって、怒りと焦りが入り雑じったような相手の相貌をまじまじと眺めた。
「姫様が悪いのではございませぬ! 此度のことは何もかも、の落ち度にございまする! 上様の言い付けに背き、禁を犯したのは某なのですから」
端麗な面差しをくしゃくしゃに歪めながら、蘭丸は強く訴える。
「それに、上様へなさり、某の命を救って下されたのは姫様ではございませぬか!?
悪いことなど一つもしていないのに、頭を下げようとするなど、間違っておりまする!」
「……蘭丸殿」
胡蝶がぽつりと呟くと、蘭丸はハッと我に返り
「こ、これはご無礼を──お許し下さいませ!」
と、再びその場にひれ伏した。
額を床にこすり付けるようにして詫びる蘭丸の姿を、胡蝶は静かな面持ちで眺めると
「蘭丸殿。どうぞ、顔をあげて下さいませ」
ややあってから、穏やかな口調で告げた。
「礼を申しまする。左様に私のことを叱って下されて」
蘭丸は静かに首をもたげ、和やかに微笑む胡蝶を見つめた。
「私の悪い癖なのです。己の身の上を決して恥じている訳ではないのに、ここで何か事が起こる度に、
つい “ 自分のせいでは ” と考えて卑屈になってしまう…。いけないと分かっているのに、なかなか直りませぬ」
胡蝶はたる思いで語りながら、徐に、自身の右手を蘭丸の手の上に重ねた。
「─!」
「これまで、私を本気で叱ってくれるのは母上様だけでしたので、何やら嬉しゅうございます。
今後も何かあれば、遠慮のう申して下さいませ。その方が私も、うございます」
「そんな…っ、某ごときが滅相もない」
「いいえ、是非そうして下さいませ。至らぬ妻には、なりとうございませぬ故」
重ねられた胡蝶の右手にやや力がこもる。
手の甲に胡蝶の温もりを感じながら、蘭丸は満面を薄紅色に染めると
「ご、ご容赦下さいませ!」
と、重ねられていた手を引っ込めて、恐縮がちにづいた。
相手の余裕なさげな態度を見て、胡蝶は着物の袖で口元を隠しながら、思わずくすくすと笑った。
「ほんに可愛らしいお方」
「…!?」
「何やら蘭丸殿とは、より良き関係が築けそうな気が致しまする」
胡蝶は満ち足りたような表情を浮かべると
「夫となるお方に、いつまでも “ 殿付け ” は可笑しゅうございますね。 …では、これよりはあなた様を “ 蘭丸様 ” と呼ぶことに致しまする」
先程の問いの答えを自ら導き出した。
蘭丸は思わず目を見張る。
「左様なこと…! 上様に叱れまする!」
「父上様には私からよくお話しを致しまする。何せいずれ夫婦となる間柄ですもの、文句など言わせませぬ」
そう言って無邪気にう胡蝶を見て
『 ──…ほんに、この姫御前は変わっておられる 』
蘭丸は、先程まで冷え切っていた心の中に、暖かい感情が広がってゆくのを感じていた。
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