2024年05月09日

日に日にやつれていく高杉を見るたびに

日に日にやつれていく高杉を見るたびに,覚悟を,今のうちに遺せる思い出を,と考えて胸を詰まらせた。
覚悟を決めた途端に逝ってしまうのではと不安になり,記憶に残る思い出を増やせばそれを思い出して感傷に浸るだけと肩を落とす。


「みんな早過ぎる……。先生も稔麿も玄瑞も武人さんも晋作も……。」


新しい世を創るんじゃなかったのか。一緒にその世界を観るんじゃなかったのか。その世を生きるんじゃなかったのか。


「まだ先があるのに……。」


入江は啜り泣きながら言葉を絞り出した。


「そうですね……。皆さんは今を必死に生きましたからね。今その瞬間に集中しすぎたから,その一瞬に必死になり過ぎて先の世を待てませんでしたね。」


「そうやな……。そう思うと私らは本当に政馬鹿……大馬鹿者やな……。」 https://www.liveinternet.ru/users/freelance12/post504964272// https://plaza.rakuten.co.jp/aisha1579/diary/202404300001/ https://blog.goo.ne.jp/debsy/e/8b3a957abb143977e80539c541f43f08


ふっと漏れた笑い声が吐息となって三津の首筋をくすぐった。くすぐったいと身をよじる三津を離すまいと腕がきつく締め付けた。


「大馬鹿者でいいやないですか。それだけ必死になれる事があるんやもん。
まぁ,待たされて置いてかれる女の身からすると程々にと言いたくなりますけど。」


「耳が痛い。馬鹿ですまん。」


素直に謝る入江に,三津はもう慣れましたよと穏やかに伝えた。


「高杉さんも今を生きてはります。行き着く先を曲げられなくても,今この瞬間を懸命に。だから私達もただその瞬間に居るだけでいいと私は思います。
難しい事やとは思いますけど余計な事は考えず,高杉さんが過ごすその一瞬一瞬を共に生きればいいかと。」


覚悟したって悲しには変わりないし,泣くもんは泣く。それならばまだ先の結末を憂うより今を大事にした方がいい。
三津が優しく諭しているその時,勢い良く障子が開いた。


「お前らが乳繰り回すのは勝手やが人の部屋の前でするなっ!」


「人聞きの悪い。別にそんな事しとらんやろが。お前の目は節穴か。」


凄い剣幕で見下ろしてくる山縣を入江は鋭い目で睨み返した。


「じゃあ抱き合うの止めろっ!嫁ちゃんの声が卑猥で休もうにも休めんわっ!」


「は!?言い掛かり!!いつそんな声出したって言うんです!?その耳飾りですか!?」


聞き捨てならんと三津も声を荒立てた。こちとら真面目に話してたわと腹も立てたが,入江に抱き締められてる状態では説得力は半減だと気付いた。


「大体嫁ちゃんは最初から得体の知れん生き物や!ふらりと現れてここに馴染んで!言いたい事が山程ある!ちょっと来いっ!!」


山縣は三津の衣紋を掴んで入江から引き離すとそのまま三津だけ部屋に引きずり込んだ。三津を引きずり込み勢い良く閉められた障子を見つめながら入江はふっと吹き出した。


「素直やない……。」


だがようやく三津に甘える気になったらしい。ならば見守ってやるかと胡座をかいて欠伸をした。


「変な事したらすぐ首飛ばしちゃるけぇな。」


ボソリと呟き,部屋の方へ体を向けて廊下にごろりと横たわった。多分長丁場になるはずだ。


衣紋を引っ張られ部屋に連れ込まれた三津は,用意された座布団の上に丁寧に投げ捨てられた。
そしてその向かいの座布団の上にどっかり胡座をかいて,胸の前で腕組みをする山縣に睨まれた。


「得体の知れんとは聞き捨てならんですね。」


三津は正座で山縣と向き合った。睨まれる筋合いも怒鳴られる筋合いもない。


「どう考えても怪しかったけんなぁ。」


ふてぶてしく吐き捨てた山縣に対して三津は目をぱちくりさせてから違いないと笑った。


「不信感丸出しで私の事見てましたもんね。確かに苦楽を共にしてきた皆さんの中にぽっと入り込んで来たんやからそりゃ不審者ですよね。」


「分かっとるやないか。ぬるっと現れてにゅるっと忍び込んで。」


「他に言い方ないですかね。」


それだと本当に得体のしれない物体じゃないかと口を尖らせて抗議した。
  


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2024年05月09日

聞き終えた山縣は深い溜息をついた。

聞き終えた山縣は深い溜息をついた。


「入江は多分嫁ちゃんを関わらせなくてあんな言い方しただけで,そこまで深い意味合いは……。」


「そうですね,強めに言えば私が身を引くって思って言っただけやとは思います。」


だとしても,三津にとっては自分を見つめ直すいいきっかけになったのだ。自分こそ,いい加減自分の決めた生き方に責任を持つべきなのだと。
そう言ってもきっと山縣は納得しないだろうから,それ以上は言葉にしなかった。


「それよりも今は高杉さんに寄り添うのが先決ですね。まぁ私らが心配せんでも高杉さんは最後まで高杉さんらしくあると思いますけど。」


三津は肩を竦めて笑った。


「そうやな。明日はからかいに行ってやるかぁ。」 https://johnsmith786.mystrikingly.com/blog/f02970292ad https://johnsmith786.livedoor.blog/archives/2758713.html https://community.joomla.org/events/my-events/are-hede.html






「とんだ厄日やった。」


翌日三津達三人が高杉を訪ねると,高杉は布団に仰向けに寝転んだまま何度もそうぼやいていた。


「元周様は余計やったわぁ。」


「まぁまぁ……。元周様も頼られたくてうずうずしてはるんですよ。」


三津は昨日の拗ねたような元周の表情を思い浮かべてくすりと笑った。


「あ?ありゃどう考えても今まで藩を振り回してきた俺が泣きつくの見たいだけやろが。」


俺は騙されんと鼻息を荒くする姿を見て三津は捻くれてるなと苦笑した。


「じゃあ私らが何かして欲しいこと聞いたら素直に教えてくれます?」


「高杉様,どうぞ私にも遠慮なく申し付けて下さい。」


おうのも真剣な眼差しを向けて懇願した。好きな人の為なら手を尽くすと言う強い意志が伺えた。


「して欲しいことなぁ……。今まで思い立ったら自分でやって来たけんなぁ……。」


人に頼むより自分でこなした方が早いと突っ走って来た人間だから……と唸り声を上げた。


「あぁ……一つだけ。頼むとしたら一つだけ。」


高杉が表情を引き締めたから,誰もが口を横一文字に結んで耳を傾けた。


「俺が逝ったら,吉田に埋めてくれんかのぉ。」


誰もすぐに反応出来なかった。高杉の事だから真面目なふりをして戯けるのではと少々の期待があった。


「……分かった。俺に任せろ。」


山縣はそう言ってにっと笑って見せた。それに応えるように高杉も同じ様に笑った。


「吉田って何処?」


話の腰を折って申し訳ないが,三津にはその場所が分からない。


「ここの裏山すぐそこや。三津さんでも迷わず来れるけぇ美味い酒持って必ず来いや。」


「言っときますけど私こっちに来てから迷子になってませんからね?」


もう向こうに居た時の情けない私ではない。三津はこれでもかと胸を張った。自信に満ちた表情で胸を張る三津を高杉は声を上げて笑った。笑ったはいいがすぐに咳き込んでしまい,おうのが背中を擦ろうとすぐに側に寄った。


「平気や。」


高杉は右手を上げておうのを制して軽く咳払いをした。呼吸を整え再びきゅっと口角を上げた。


「そうやな。こっちでは毎日のように出掛けとるしな。しかし京の町で迷子になるって聞いた時は衝撃やったなぁ。」


「そうやな。私も最初信じられんかった。何で京の生まれで私らよりも土地勘ないそ?って思ったもん。」


入江も喉を鳴らして笑い,山縣はそんなに酷いのか?と三津をじっと見た。


「でもそれにはちゃんと理由があるけぇ仕方ないっちゃ。
それに半分は私らにも責任がある。私らと関わっちょるのが壬生狼に知られんかったらまた違っとったかもしれん。」


「さぁ……それはどうですかね?きっと皆さんに出会わんかったら私はあの時の私のままやった気がします。」


自分で自分の可能性を潰して,生きる世界の範囲を決めて,いい意味でも悪い意味でも何の変化もない日々を過ごしたに違いない。


「まぁ結果的にこっち選んで良かったって事やな。」


山縣はざっくり結論を出して来てくれてありがとなと三津の頭を撫で回した。


「なぁ私の三津に気安く触らんで?」
  


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2024年05月09日

『九一さんめ……。』

『九一さんめ……。』


私のあれやこれやを面白おかしく二人に喋ったに違いない。畳に伏せたまま,横目で入江の方を向けば満面の笑みを浮かべていた。


「三津の話は尽きんからなぁ。」


「そろそろ尽きてもいいでしょ?それによく話は聞いてるとかみんな言いますけど何処で誰から聞くんです?」


三津が不満げに口をへの字にしてる側で,セツはにこにこしながらみんなにお茶を差し出して,飲んで落ち着きなさいよと三津にも湯呑みを渡した。


「嫁ちゃん良くも悪くも目立つけぇなぁ。」 https://classic-blog.udn.com/29339bfd/180559345 https://mathewanderson.blog-mmo.com/Entry/16/ https://ypxo2dzizobm.blog.fc2.com/blog-entry-92.html


「目立ちたくないし目立ってるつもりもない。」


常に平凡を心掛けて生きていると言うのに何をどう間違えたのか。


「何やろなぁ厄介な連中に目ぇつけられるっつうか好かれるっつうか。」


『そう言えば斎藤さんにも言われたなぁ……。』


その時は,厄介な連中とは?と思っていたが周りにいるのは大体厄介な人達だと気付いたのは随分後の事だった。


「松子様ご安心下さい。私が耳にしてる話はどれも悪いものではございません。」


雅に言われると説得力がある。それならいいかと納得しかけたが,


「それは置いといて九一さん一体何を話したんでしょう?」


今気になるのはそこだ。


「ん?京の屋敷でみんなと過ごした思い出話を。」


「それで何故私が笑われてる?」


「ふふっ。」


「ふふじゃない。」三津が顔を真っ赤にして入江を睨むものだから,おうのが小さく手を上げて入江を擁護しに入った。


「どのお話も三津さんが中心におられてとても楽しそうで……。」


「そうやな。俺もそこに居りたかったわ。」


山縣が俺も脱藩して行きゃ良かったなと呟いたが,そこに関しては入江は満面の笑みで首を横に振った。


「脱藩に関しては乃美さんと木戸さんからのお咎めが容赦無いけぇ来んで正解や。お前なら身包み剥がされて庭の木に縛り付けの刑にされたやろな。あの時は冬やったけぇ凍死した可能性も……。」


「行かんで良かった。」


暑かろうが寒かろうがそんな晒し者になりたくはない。そしてそんな無様に死にたくない。山縣は真顔で梅の進の遊び相手に戻った。


「大丈夫,有朋馬鹿やけぇ風邪ひかんしそれぐらいじゃ死なん。」


「お?やんのか?槍持て槍!」


入江の笑顔の挑発にまんまと山縣が乗ったところで三津はあの一件を思い出した。


「あっあっ,私熱で倒れた時高杉さんに看病していただいて……。」


その節はお世話になりましたと,頭突きのお詫びもまだまだ足りないのでこれでもかと頭を下げた。


「その件はお気になさらず。病人にまで手を出すような下衆ではないと証明されたのがこちらとしては良かったと言うか。」


『雅さんは高杉さんの事を何だと思ってるんだろう……。』


やはり親の話で決まった婚姻だからそこまでの愛情はないのか。
何とも言い難い。どんな顔で雅と向き合おうかとゆっくり頭を上げると,雅はまっすぐにおうのを見ていた。


「おうのさん。」


「はいっ。」


凛々しい目に見据えられたおうのは少し上擦った声で背筋をビシッと伸ばして硬直した。


『あぁ……ここから修羅場か……。でもおうのさんおっとりしてはるから多分他所の修羅場とはまた違うんやろなぁ……。』


三津が思い描く修羅場は本妻と愛人の取っ組み合いの喧嘩だった。
本妻に向かって,愛されてるのは私の方ですけど何か?みたいな態度を取る愛人に本妻が激怒する様を想像していた。


「先程は主人のご両親の手前,何も言わずにおりましたが……。」


三津は,どんな嫌味が飛び出るのだろうか。おうのはそれに耐えられるのだろうか。とヒヤヒヤしながら雅の次の言葉を待った。
おうのも口をまっすぐに結んで雅を見ていた。


「これまで主人の世話をしていただきありがとうございます。」


雅は感謝の言葉と共に頭を下げた。
凛とした雅の姿に三津は泣きそうになった。
自分が雅の立場だったら,こんなにまっすぐ感謝の意を告げられただろうか。
  


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2024年05月08日

「相変わらず三津身篭らせようとして

「相変わらず三津身篭らせようとして。身の程知らずが。」


「言ってるだけですよ。」


三津は後ろを振り返って不機嫌な入江を宥めた。


「いや,あれは諦めちょらんな。三津ももっと警戒心持ち。この前押し倒されたばっかやろ?それに歩く問題児が一人で晋作送るなんて無謀。」


珍しく入江に真面目に怒られて三津はしゅんとした。


「ごめんなさい……。気をつけます……。」 https://blog.udn.com/a440edbd/180556292 https://classic-blog.udn.com/a440edbd/180559384 https://mathew.blog.shinobi.jp/Entry/4/


入江は落ち込んだ三津の頭に手を置いて諭すように言葉を続けた。


「警戒心解いていいのは私だけ。いい?」


三津は素直に頷いた。入江は満足してにんまり笑った。


「私の子なら孕んでくれる?」


「なっ!!」


何故今ここでそれを言うのだ。三津はあわあわして視線を散らした。その挙動不審さに入江は腹を抱えて笑った。


「からかって酷い……。」


「からかっとらん。だって私はもう全て許されとるもん。三津の同意があれば問題ない。」


笑みを浮かべて“どうする?”と三津を壁際に追い詰めた。


「どっ……どうするって……九一さん前に……。」


「んー気が変わった。」


無邪気に笑って三津の額にコツンと自分の額をぶつけた。


「ほら,三津も本当は望んどるんやろ?また逃げんかった。」


嫌なら逃げられた筈なのにそれをしなかったと言われて三津は頭の中が真っ白になった。
あまりの刺激に意識を飛ばしかけていると,ガラッと玄関の戸が開いて戻って来た桂と伊藤とばっちり目が合った。
そして三津と入江は声を揃えてこう言うんだ。


「……おかえりなさい。」二人の姿に肩を震わせた桂だったが右手を額に当てて盛大な溜息をついた。
伊藤は口を半開きにして呆然と立ち尽くしていた。


「好きにしなさいとは言ったが場所は弁えてくれ……。」


「すみません,ちょっとした悪ふざけで。流石にこんな所で三津を抱こうなんて思いませんよ。
抱くなら布団の中でじっくりたっぷり時間を取って……。」


満面の笑みでそう言う入江の肩に三津の拳が突き刺さった。
三津は顔を真っ赤にして恨めしそうに入江を睨みつけた後,桂に向かってすみませんと頭を下げた。


「本当に私の悪ふざけです。三津の事は怒らんでやってください。」


入江も桂に向かって深々と頭を下げてから,三津にもごめんねと笑みを投げかけて屋敷の奥へと行ってしまった。


「……何であぁなったの?」


とりあえず事情は話してもらおうかと桂は三津の肩を抱いて部屋へ連行した。伊藤はそれを見送って入江の元へ向かった。


「で?何であんな所で悪ふざけ?」


胡座をかいて胸の前で腕組をする桂を前に三津はしゅんと背中を丸めた。


「高杉さんを見送った時に高杉さんが冗談で私を抱くやなんやって変な事言ったから……。」


「九一が便乗した訳か。」


「逃げなかった私が悪いです……。」


三津はすみませんと更に背中を丸めて小さくなった。入江の言う通り,逃げる隙はあったのにそうしなかった自分に罪悪感を抱いた。
小さくなった三津を見て,今度は小さく息を吐いた。


「晋作もまぁだ懲りてないのか。まぁそれだけの冗談を言う心の余裕が出来たようだ。それは三津のお陰だよ。」


三津は責められなかった事に少しだけ安堵して上目で桂の様子を窺った。
目が合った桂はそんなに怯えないでよと困惑気味に笑った。


「好きにしろと言ったのも私だからあまり深くは追求しないし責めるつもりもないが,流石に玄関はやめてくれ。」


「すみません……。九一さん手は出さないって誓いはったからいつもの冗談であそこまでになるとは思わず……。」


またも俯いた三津に桂は目を瞬かせた。そしてゆっくり首を傾げた。


「手を出さないと誓った?どう言う事?」


こっちが譲歩したのにそれを突っぱねたのか?入江の考えがいまいち理解出来ずに桂はただ目の前の三津を呆然と見つめた。


「九一さんなりの誠意と言うか……。」


「あぁ……前にも言ってたね。冗談が誠意?」


さっぱり分からんと桂は唸り声を上げた。三津は三津でどう説明しようかと困り果てた笑みで首を傾けた。


「とりあえず九一さんは私と深い関係になるつもりはないという事です。」
  


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2024年04月30日

「アカン,私より長生きして。」

「アカン,私より長生きして。」


「言われんでも俺は死ぬ気せんわ。」


自信満々な山縣に安堵した三津は目を細めて穏やかに笑った。それから分かり合えたしるしに呑みましょうと互いに酒を注ぎあった。
その酒を一気に飲み干した三津はとろんとした目で山縣を見つめた。


「何や誘っとるんか。」


冗談半分に片口を上げる山縣の顔から視線を落として,三津は山縣の太腿を擦った。


「えっちょっ!何!?」 https://freelance1.hatenablog.com/entry/2024/04/28/050740?_gl=1*rkeofe*_gcl_au*NjYyNTYyMDMxLjE3MDkwNDE3OTU. https://www.bloglovin.com/@freelancer10/12582545 https://lefuz.pixnet.net/blog/post/148107454


まさか本当にその気なのか?酒の勢いでそんな事を?と狼狽えている山縣の太腿に三津は頭を乗せた。猫が丸まって寝るように,身を縮めて寝転んだ。
そしてすぐに寝息を立て始めた。いきなり膝枕をされた事に唖然とした。それにこんなとこで寝たら風邪引くだろうと思ったが起こす気はなった。距離を保っていた三津がすり寄って来たのが嬉しかった。


「赤禰,この役割俺が引き継いでもええんやろか。」


ごく当たり前のように眠る顔を見つめながら呟いた。赤禰はいい思いしてたんだなぁとしみじみ思った。


「出来たらそんな役割は廃止したいとこだけどねぇ。」


嫉妬に満ちた声に山縣の体は硬直した。姿は視界に入っていないが,その声の主が冷たい目でこっちを見ているのが分かる。多分口元は笑みを浮かべている。


「まぁまぁ木戸さん。今日だけやろうから許しちゃり。ど阿呆とか罵られとるんやけぇこれぐらいの褒美は……。」


喉を鳴らしているのが高杉だと分かった瞬間,声のする方へ鋭く視線を向けた。そこには入江と伊藤もにやついた顔で立っていた。
揃いも揃って盗み聞きか。いつも自分がしてるのを棚に上げて不機嫌な顔をした。


「木戸さん,嫁ちゃんめっちゃ口悪くなっとるで。」


「うん,身を持って知っている。それに人の死には人一倍感情的なるからね。そこは変わらないと言うか,以前より鋭くなってるかもしれない。」


桂は二人の側に歩み寄って三津に半纏を掛けてやった。


「妻の暴言は私が謝るよ。申し訳無い。でもあんなに阿呆と罵るのは初めて見たよ。」


桂は三津の顔を覗き込んでふふっと笑った。
山縣は幾松に散々罵られてきたから阿呆と言う言葉には何とも思わなくなっていた。だがそれを三津が言うのはまた別の話だ。


「大好きな赤禰を馬鹿にされたけぇ怒ったんやろな。」


言い返したい事は山程あったけど,三津が矢継ぎ早に言葉をぶつけてくるから反論の隙がなかったと呆れ顔で笑った。


「武人さんを馬鹿にされたからやないっちゃ。人が信念を持ってした事を馬鹿にするからや。
まぁお前が仲間意識が強くて,武人さんが離れてくのが寂しくて捻くれとったのはよう分かった。」


入江に茶化すように言われて山縣はふんと鼻を鳴らした。


「何で勝手に俺らの話聞いとるんよ。見せモンやないぞ。」


「そりゃ監視しとかないと人の妻に何かされても困るからね。それこそこの場で君の首を斬り落とさなばならんくなるし。」


桂は君だって死にたくないだろう?と小首を傾げた。冗談なのに冗談に聞こえなくて山縣の顔から血の気が引いた。


「それなら入江どうなるん!?」


山縣は必死にその矛先を変えようと試みた。桂と入江はきょとんとした顔を見合わせた。


「九一は仕方ない。三津が九一を好きなんだから。」三津は自分の三津だったのにおかしな事に略奪したのは私の方だと桂は苦笑した。


「どんなに固い絆で結ばれていても何かをきっかけに人の心は変わる。
三津の最愛の相手が私だったのも,もう過去の事になってしまった。」


三津を見つめる桂が余りにも悲壮感に満ちているから誰も何も言わずにいた。自業自得なのは本人が一番分かっているし,これ以上言うのも可哀想だからみんな黙っていた。
  


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2024年04月12日

「そ……そうかっ!よくやった!それでお嬢ちゃんは?」

「そ……そうかっ!よくやった!それでお嬢ちゃんは?」


「あっちの部屋に。」


それ聞いた坂本はすぐに二人の居る部屋の障子を開いた。


「西郷さん,すまんがちと桂さんと話をさせてくれ。」


「構わん。」


坂本は西郷の返答を聞くと桂の腕を引っ張り部屋を飛び出した。


「坂本さんどこへ?」


こんなにぐいぐいと腕を引っ張り何処へ連れて行こうと言うのだ。坂本はいいからいいからと桂を連れて女中が案内するその後ろを歩いた。


「こちらです。」


女中はそう言うとぺこりと頭を下げてその場を去った。
坂本は咳払いをしてから中岡と顔を見合わせて頷きあった。https://blog.udn.com/a440edbd/180461947 https://classic-blog.udn.com/a440edbd/180461980 https://mathew.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E9%81%B8%E6%8A%9E/%E4%B8%89%E6%B4%A5%E3%81%A8%E6%96%87%E3%81%AF%E3%83%95%E3%82%B5%E3%81%AB%E5%90%91%E3%81%8B%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%9D%E3%82%93%E3%81%AA%E5%AD%90


「ここで頭冷やしてくれ。」


そう言って坂本は障子を開いた。
一体何を言ってるのだと思いながら桂は開かれた障子のその先を見て絶句した。


客間と思われるその部屋で遠慮がち正座をし,少し緊張したような,困惑したような表情でこちらを見ているその姿。


「ご無沙汰しております。」


気まずそうに伏し目がちで先に口を開いた。


「三……津……?どうして……。」


呆然と立ち尽くす桂の背中を坂本がそっと押して中へ踏み込ませた。
三津は答えることなく今にも泣きそうな顔で桂を見上げていた。


「来てくれてんだね……私の想い受け取ってくれたんだね?」


桂が一歩,二歩と三津の方へ踏み出した。


「想い?」


三津は何の事だときょとんとした目を向けて小首を傾げた。
その表情を見た桂は悲しげに顔を歪ませて何でもないと首を横に振った。


「小五郎さん,こちらに。」


三津は正面に座るように促した。桂は吸い寄せられるように三津の前に腰を下ろした。


「小五郎さん,話が進んでいないとはどういう事でしょうか?確かに……面と向かうには辛い相手かもしれません。でも吉田さんや兄上の想いはどうなるのですか?
今の今まで犠牲を払ってきたみんなはどうなるのですか?」


やはり桂に面と向かって物申せるのは三津だなと坂本はその場に立ったまんま二人を見ていた。
桂がだんまりだから三津は顔を顰めて話を続けた。


「小五郎さん……。私は貴方が創る新しい世を生きたいです。吉田さんと兄上の分も……。
その先を創れるのも,長州を守れるのも小五郎さんなんです。
変な意地張らないで!私みたいにならないで……。」


三津は桂ににじり寄って堅く握られた拳に手を重ねた。


「三津……。」


「私みたいにならないで……。」


三津はぽろぽろ涙を溢してお願いお願いと繰り返した。
桂は恐る恐るその体を抱き締めた。自分から抱きしめておきながら困惑した。
知らない着物を着て,以前とは違う香りのする三津に戸惑った。


「小五郎さん,一切何の連絡も寄越さなかった上にいきなり現れてこんな事言うのは無礼だと分かっています……。でも長州を守れるのは小五郎さんだけなんです。みんなの想いを無駄にしないで……。」


三津は真っ直ぐな目で桂を見上げて懇願した。
一時の意地なんて馬鹿げたものだ。ずっと後悔するぐらいなら何も考えず素直な方がよっぽどいい。


桂はぐっと唇を噛み締めた。何も分からない奴に政に口出しされるのは腹立たしい。だけど今はそれよりも虚しさが勝った。自分は一体何と張り合っているのだろう。


『玄瑞や稔麿の想いは忘れてなんかいないよ。』


むしろ二人を含む多くの同志を失った要因でもある相手だからこそ手を組むのに抵抗があるんだ。
でもそれを拒めば更に多くの犠牲を生む。


『姿を消して一切音沙汰の無かった三津が危険な京にまで足を運び私と向き合ってくれた……。ならば私も己の使命と向き合わねば。』


最愛の人が好きだと言ってくれた自分の生まれた郷を守らねば。最愛の人が大切にするものを守らねば。


「三津,わざわざありがとう。必ず長州を……託された想いを繋ぐから,見てて欲しい。この先を。」
  


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2024年04月12日

一之助の申し出に三津は口を半開きでぽかんとした。

一之助の申し出に三津は口を半開きでぽかんとした。


「俺とじゃ嫌か。」


「いえ!一之助さんに誘ってもらえると思わんくて……。あっ文さんに年末年始どうしはるか聞いときます!」


今から楽しみとにこにこする三津を前に,誘った自分への驚きが隠せなかった。誘っといて何だが二人きりで行くのだろうかと疑問に思った。


その日仕事を終えて家に戻った三津は,夕餉を食べながら文に初詣の話をした。


「へぇ。一之助さんと初詣。いいやん二人で行っておいで。」


「えっ二人なんですか?」 https://johnsmith786.mystrikingly.com/blog/cd3f9a7c860 https://johnsmith786.livedoor.blog/archives/2531199.html https://community.joomla.org/events/my-events/er-renno-shiyake-motchokantoiken.html


「二人やないの?一之助さんそのつもりで誘ってきたんやないそ?うちは母と妹達と行くけ二人で行っておいでよ。」


これは入江に報告案件だと口角を上げた。心の中でいい話題提供ありがとうと一之助に感謝した。





萩から戻った入江は口角が上がりっぱなしだった。一日半とは言え,久方ぶりに三津と過ごした時間を思い出せば嫌でもにやける。
訓練の時以外はずっとにやにやしている。夕餉を食べる今も嬉しそうな顔をしている。


「鼻歌まで歌って。」


隣りで赤禰がその幸せを分けてくれとぼやいた。ついて行きたかったのにそれを却下した高杉を横目で睨んだ。


「なぁ九一抱いたんか?」


高杉の単刀直入な質問にご機嫌だった入江は心底嫌そうな顔を向けた。


「抱いとらん。」


「は!?何でや。嘘やろ?何しに行ったん?」


高杉と山縣は何の為の暇だと食ってかかった。こっちはその土産話を楽しみに待ってたんとぞと怒り始めた。


「会いに行っただけや。」


「嘘やろ。そんなに機嫌いい癖に何もない訳ないやろ。何や三津さん良すぎて言いたくないんか?俺らに教えたくないそう言う事か!?」


「でかい声でそんなん言うな。それでも私は有意義な時間を過ごしたそ。」


どんなに不機嫌になってもそれを思い出せば顔はにやける。


『明日には文を出さんと。』


「随分とご機嫌だな。」


落ち着き払った低い声に入江は箸を止めて顔を上げた。


「そりゃ生きてりゃ機嫌のいい日ぐらいありますよ。木戸さん。いつお戻りに?」


広間は一瞬にして静まり返った。その様子に随分と嫌われたもんだねと笑って入江の正面に腰を下ろした。


「何か報告か?」


さっきの会話を聞かれてたのかと冷や冷やしながら高杉は平静を装って口を挟んだ。


「あぁ。西郷との会合の日取りが決まった。年明けに京の小松帯刀邸だ。」


気が重いと深い溜息をついた。


「三津が居てくれたら……。」


そればかりがずっと頭の中を巡っている。「木戸さん,三津はもう一月以上音沙汰無しです。現実を受け入れたらどうですか?気晴らしに女でも買ったらいい。」


桂は淡々と言い放つ入江を睨みつけた。


「三津以外に触れる気は一切ない。同じ過ちを繰り返すつもりはない。」


「もう遅いですけどね。三津は居ないんですから。」


入江はご馳走様と手を合わせて広間を出た。これ以上桂と話すことはない。
桂は両手で顔を覆って大きな溜息をついた。


「三津は文ちゃんのところに居るんだね?無事なんだね?それだけ分かればもういい……。」


だから安心させてくれと高杉に懇願した。絞り出すような声で頼むと言われて高杉と赤禰は顔を見合わせた。


「木戸さん,それは自分で確かめんといけん。今はそんな場合やないのは分かっちょるけど……。
俺から言えるのは……便りがないのは元気な証拠……とでも思っといたらいいと思う。」


高杉からの言葉に桂はそうかとうっすら笑みを浮かべた。
  


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2024年04月12日

にっこりと微笑む顔が眩しかった。

にっこりと微笑む顔が眩しかった。みんなの目があったが気持ちを抑えきれなかった入江は最後に三津をきつく抱きしめた。


「必ず戻って来る。」


そう囁やけば三津は腕を背中に回して力を込めてそれに答えた。
色々と口を出したかった文とすみだがそこはぐっと堪えて二人の惜別を見届けた。


「すみ,母上に体を大事にと。」


「伝えとく。あと早よ孫の顔見せちゃりよ。」


「その言葉はお前にそのまま返す。じゃあまた。」 https://blog.udn.com/29339bfd/180455419 https://classic-blog.udn.com/29339bfd/180455428 https://mathewanderson.blog-mmo.com/Entry/14/


ふんと鼻で笑って入江は馬を歩かせた。


「すみ,あの話考えとってや。私と梅子に出来る罪滅ぼしはそれぐらいやけぇ。」


伊藤はすみにそう告げて入江の後を追いかけた。
二人の背中を見送って,文はすみの方を向いた。


「あの話って何?」


「あいつと梅子さんが私に婿紹介してくれるって言っとるそ。あっ梅子さんは今のあいつの奥さんね。前話した孕んだ芸妓。」


すみはきょとんとしてる三津に説明した。離縁のきっかけになった相手と元夫から次の相手を紹介されるとはどんな状況だと三津は唖然とした。
でも考えれば桂にも幾松が居るのと似たような状況かと思えば何となく納得できた。


「まぁ会って話すぐらいはしたらいいんやない?
で……三津さんは入江さんと何があったん?」


急に話を振られて三津はギクッと肩を跳ねさせた。 「私がおることで三津を縛り付けて良い相手が現れたのに先に進めんってなるのが嫌なんよ。三津の先の幸せを奪うなんてしたくない。
でももし,私を忘れたくないって強く思ってくれるならこれからも毎日私の事を思い出して欲しい。
私も三津を想わない日は一日としてないと誓う。」


三津は何度も首を縦に振った。


「私も九一さんを忘れる日なんて絶対ないです。いつもどこかで想います。必ず。」


三津の真剣な眼差しに入江はふっと笑みを浮かべた。
きっと三津ならそう言うと思っていた。性格の悪さが出たなと自分でも思った。
縛り付けたくないと言いながら,これで自分だけを想うように仕向けた。


「次会う時までそのままの気持ちで私を想ってくれるなら今度こそ一緒になろう。」


すると三津は迷わず頷いた。もう先は約束されたようなもんだ。
三津を腕に抱いて明日が来るのが名残惜しいと思いながら眠りについた。


翌日,朝餉を食べ終えた後で三津は入江に持たせるおにぎりを作っていた。
伊藤の分もと言ったがあいつのは要らんと一蹴された。
二人で台所で最後の時間を楽しんでいるところに文とすみがやって来た。


「ちゃんと思い出作った?」


「作った作った。」


入江は余計なお世話だと文の問いに適当な返事をした。


「また何もせんかったん?」


文が半ば呆れ気味に入江と三津の顔を交互に見ると二人は無言で顔を見合わせた。
それから三津が耳まで赤く染めて目を伏せた。


「えっ何。何かはしたそ?」


「待って文ちゃん。愚兄の生々しい話は聞きたくない。気持ち悪い。」


興味津々に聞き出そうとする文をすみが止めた。


「そうよな。ごめんごめん。後で三津さんに聞くけぇ。」


文がにやりと視線を寄越すから三津はビクッと肩を揺らして今度は顔ごと逸した。
相変わらず表情が素直だとすみが微笑ましく思っていたがある事を思い出してその顔を歪めた。


「そうや,クソ男が迎えに来とるそ。」


すみが忌々しいと舌打ちをしながら胸の前で腕組みをした。


「女子がクソとか言うなや。どうせ俊輔にも暴言吐いたんやろ。」


「別に?萩の空気が汚れるからさっさと消えろって言っただけっちゃ。」


「はいはい,さっさと連れて帰るわ。三津,もう少し別れを惜しみたかったけどこう言われたら帰るしかないけぇもう行くわな。」


入江がすみに当てつけがましくそう告げると三津は眉を八の字にして物凄く寂しそうな顔で入江を見つめた。
  


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2024年03月31日

『あのご馳走様は最後のコレか。』

『あのご馳走様は最後のコレか。』


入江は昨夜三津に食らった仕打ちは体が覚えていたコレだと確信した。最後の仕草が全く同じだった。


「皆の前でせんでもいいやないですかぁ!馬鹿ぁ!!」


三津はわんわん泣きながら赤禰の傍に駆け寄って腕に縋りついて泣いた。


「武人さん何で長州の人は変態ばっかなんですかぁ!!」


「そりゃあ松陰先生の教え子ばっかやけんなぁ。」 https://blog.udn.com/79ce0388/180455444 https://classic-blog.udn.com/79ce0388/180455448 https://freelancer.anime-voice.com/Entry/73/


「わやな先生や納得ぅ〜………。」


赤禰はよしよしと三津の背中を撫でてやった。それを見た桂はお猪口を握り潰しそうな勢いで力を込めた。


「九一,赤禰君は何故名前で呼ばれてる?」


「武人さんは初日に三津さんの信頼を勝ち取ったので。」


そこは私も気に入らないんですよと笑ってない目で笑った。


「なるほど。共通の敵はアレか。」


「そうですね。敵っちゃ敵ですね。でも私の味方です。」


「ならば私には害があるのか。早急に処分を。」


「さらっと物騒な事言ったな,おい。」


赤禰は身の危険を感じたが三津が縋りついてて逃げられない。「武人さんの処分はアカン!絶対アカン!唯一まともな人やのにぃ〜……。」


三津はそんな事許しませんと赤禰を守るように抱きついた。


「三津さんもう酔っちょるんか。俺も別にまともやないぞ?ただ周りに常軌を逸脱した奴らが多過ぎて普通に見えるだけや。存在が霞んで見えるそっちゃ。」


「そんな事ありません!私この中やったら武人さん一番好きやもん!」


それには桂がゆらりと立ち上がった。聞き捨てならぬと入江も殺気立つ。


「一番好き?三津,それはどう言う事だ?」


「桂さん,三津さん酔ってますから真に受けないで下さい。これ以上嫌われる気ですか?」


伊藤がどうにか桂を宥めようと間に割って入った。
嫌われると言う単語は今桂に一番有効的な言葉だ。


「これ以上?私は今すでに嫌われてるのか?」


『しまった……より面倒臭くなった……。』


伊藤は言葉選びに失敗した。この状況を助けてくれる親切な奴はと周りを見渡すが見事に目を逸らされた。


「三津さん,桂さんが寂しがっちょるけぇ隣り行っちゃり?久しぶりに会えたのに話さんと損や。」


赤禰が抱きつく三津の頭を撫でながら優しく諭す。これぞ信頼を勝ち取った男の対応力。


「何話していいか分からへんもん……。ホンマはいっぱい喋りたいのに会っていきなり怒られたし,小五郎さん私の事嫌いなんかも知らん……。」


三津は赤禰に抱きついたままめそめそ泣いた。今日は泣き上戸かと赤禰は笑って今度は背中をぽんぽん叩いた。


「そうじゃ三津さんは甘えたで優しさに飢えちょるんやった。俺が存分に甘えさせちゃる。」


高杉が思い出したと手を打って酒を片手に三津の傍に近付こうとしたのを伊藤に羽交締めにされた。


「桂さん,貴方の役目でしょ?」


伊藤に睨まれながらも桂はゆっくり三津の傍に寄って腰を下ろした。


「三津,嫌いになんかなってない。私の方が君に嫌われたんじゃないかと焦ったんだ。すまない。お願いだから他の男じゃなくて私の所に来てくれないか?」


桂が優しく語りかけようとも三津は赤禰に抱きついたまま顔すら見せなかった。微動だにしない。


「あの桂さんが口説いちょるのに振り向かん女子がおるとはな。」


「そりゃ大事にされちょらんって分かったらいくら相手が桂さんでも愛想尽きるやろ。三津さん引く手数多で選びたい放題やけぇ。」


山縣と高杉がコソコソと話すが桂の耳には届いており容赦なくその心を抉り取った。「三津さん,文句でも何でもいいけぇ言うてみ?」


赤禰に促されて三津がちらっと桂を見た。


「文句はあるみたいですね。」


入江がくくっと喉を鳴らして笑い,桂は横目で入江を睨んだ。それからさらに三津の傍ににじり寄った。


「文句もしかと受け止める。だからこっちにおいで。」
  


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2024年03月31日

「そうなん?じゃあ訓練終わりにそれくらいでへば

「そうなん?じゃあ訓練終わりにそれくらいでへばるなって尻叩いてくれる?」


「手で触りたくないから蹴るのでもいい?」


「寧ろそっちのがご褒美。」


入江がそう言うとちょっとの沈黙を置いて三津が吹き出す。このやり取りも慣れたもんだ。二人の楽しげな笑い声が廊下にも響いた。


『本当に楽しそうに……。』 https://blog.udn.com/79ce0388/180455434 https://freelancer.anime-voice.com/Entry/72/ https://ypxo2dzizobm.blog.fc2.com/


三津の元へ行こうとしていた桂は部屋から洩れる二人の声に立ち止まった。そして焦りを感じた。以前はあった三津は自分の元から居なくならないと言う自信は脆く崩れ去った。
ここで嫉妬丸出しで飛び込んで行けば間違いなく三津は幻滅すると思う。


『何か手を打たねば。』


桂はぐっと堪えてその場を離れた。





その晩の酒の席では三津は桂の隣りに居た。桂は目の前に入江を座らせた。
禁門の変の前日から当日まで何が起きたか詳細が知りたかった。


入江は三津に何度も久坂の最期の話を聞かせるのは気が引けたが三津はその入江の気持ちを察したのか穏やかに笑っていた。私は平気と言うような表情だった。


「そうか……玄瑞はそんな遺言を。」


「はい,泣き虫で甘えたで頑固な妹を託されました。それで乃美さんはお元気ですか?」


「あぁ元気だ。三津と九一が来てるのを一緒に聞いてね。こっちに出向くと言うから連れてくから待ってろと留めておいたよ。それと……三津に。」


桂は思い出したと懐から懐紙を取り出した。


「金平糖だ。こっちには口に合う落雁がないらしいよ。」


桂はくすくす笑って桃色や白色の金平糖を三津に差し出した。


「乃美さん甘党ですねぇ。有難く。」


三津は乃美の顔を思い浮かべながら両手でそれを受け取った。
桂はそのうちのひと粒を手に取り三津の口元に持っていった。三津は条件反射で口を開いた。


「んー美味しい。」


三津はとろける笑顔で金平糖を味わった。相変わらず餌付けされる癖は抜けていないのが何とも言えなくて入江はその姿を目を細めて眺めた。
今日も酒が進んでしまいそうだ。「そうだ桂さんに一つ聞きたい事が。」


入江が桂にどうぞと徳利を傾け桂はそれを受けた。


「何だ?」


桂は酒を口に流し込んで首を傾けた。空になったお猪口に今度は三津が酒を注ぐ。気分良くそれを口に含んだ所で入江は問いかけた。


「酒で濡れた唇を舐める遊びは桂さんがいつもするんですか?」


「ごっほ!……は?」


突拍子もない事を聞かれ少し噎せた。そして隣りの三津は桂に背を向けるぐらい上体を捻って明後日の方向を向いている。
それを見た桂は瞬時に推測し三津の頭を鷲掴みにして自分と向き合わせた。


「私はそんな遊び教えた覚えはないなぁ。しかもそれを九一にしたの?」


鼻先が触れるぐらいの距離で怒りに満ちた笑顔に睨まれた三津はぷるぷる震えた。


「あれ?違うんですか?桂さんが仕込んだのを酔った勢いでしてきたのかと思ったのに。」


態とらしくきょとんとした表情をする入江を三津は横目で睨んだ。


「そうだねぇ。私がした事と言えば……。」


桂は三津から徳利を奪い取ると中身をお猪口に注いだ。


「呑みなさい。」


それを無理矢理三津の口に流し込んでゴクンと喉を通るのを待った。
呑み込んだのを確認して三津の顔を挟み込んで固定して三津の口内の酒の味を味わった。最後に唇を舐めとるのを忘れずに。


「私がしたのは三津を盃に酒の味を楽しむ事だね。ご馳走様。」


桂は意地悪い笑みで親指の腹で唇を拭った。
  


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