2024年08月02日
8月2日の記事
されど、万一儂が落命した後は、以前申した通りじゃ。皆々好きな道を歩まれよ。間違っても殉死(じゅんし)が武士の美徳であるなどとは、努々(ゆめゆめ)思うでないぞ」
分かったな、と諭すように言う道三の頬に深い笑い皺が寄った。
家臣たちも、どこかでこれが主君から告げられる最後の言葉だと確信していたのかも知れない。
この時ばかりは反論する者もなく、皆々黙って道三の言うことに耳を傾けていた。
ややあって、重臣たちの傍らに控えている光秀に目をやった道三は
「光秀よ。そちに一つ、頼みがある」
と呟くような声量で言うなり、そっと光秀の耳元に口を近付け、何かを囁いた。
「 !? そ、某がでございますか?」
「そうじゃ。それが済んだら、後はどこへなりと好きな所へ行くが良い」 https://classic-blog.udn.com/a440edbd/180846781 https://mathew.blog.shinobi.jp/Entry/6/ https://ypxo2dzizobm.blog.fc2.com/blog-entry-102.html
「…大殿…」
「さらばじゃ光秀。達者で暮らすのだぞ」
道三が笑んで告げると、光秀は今にも泣き出しそうな表情になりながらも、耐え忍び、慇懃に一礼を垂れると
「大殿から受けました大恩、この光秀、生涯忘れは致しませぬ。──これにて…おさらばにございます」
脱兎の如き勢いでその場から離れ、馬に股がって、どこかへ走り去ってしまった。
「大殿、光秀殿はいったいどちらへ?」
道空が白髪混じりの太眉をひそめながら伺うと、道三は遠ざかってゆく蹄(ひづめ)の音に耳を傾けながら
「何、未来の主君候補の面を、一足先に拝みに行かせただけよ」
脂の浮かんだ丸顔に、清々しい程の笑みを湛えるのだった。
それから一時も経たぬ内に、道三、そして義龍の両軍が、それぞれに陣を構えて対峙した。
初めは道三勢の柴田角田と、義龍勢の長屋甚右衛門による一騎討ちとなり、二人は両軍の真ん中で激しくぶつかり合った。
勝負は道三側の柴田が長屋の首を挙げ、晴れがましい手柄を立てたが、その後は両軍ともに双方からかかり合い、敵味方が入り乱れる大乱戦となった。
道三勢は最初こそ優勢に戦を進めていたが、小規模な道三の軍が二万近い義龍軍をいつまでも抑え続けられる訳もなく、
一人、また一人と味方の兵たちは倒れてゆき、とうとう道三の前に義龍勢が押し寄せて来たのである。
やがて義龍側の長井忠左衛門道勝が、道三と渡り合うべく、彼のもとに突進して行った。
道三は自ら太刀を振るい、組み付いて来る道勝と大いにもみ合った。
道勝は道三を討ち取るのではなく、生け捕りにして義龍に引き渡すつもりであったが、
そこへ小牧源太なる荒武者が走り来て、まるで手柄の横取りを図るように、道三の脛(すね)をザッと薙ぎ払ったのである。
「あっ!」と声を上げ、思わず体勢を崩した道三をそのまま押し伏せ、源太は奇声を発しながら己の太刀を大きく振り上げた。
その刹那、地に頬を付ける道三の老眼に、澄み切った快晴の空が映った。
目が痛くなる程の青々とした空である。
そんな空に、幻しか、はたまた誰かの血が飛び上がったのか、道三は一匹の紅い蝶を見た気がした。
その蝶は二枚の美しい羽を優雅にはばたかせながら、尾張の方角から稲葉山城のある方角に向かって真っ直ぐ飛んでゆく。
分かったな、と諭すように言う道三の頬に深い笑い皺が寄った。
家臣たちも、どこかでこれが主君から告げられる最後の言葉だと確信していたのかも知れない。
この時ばかりは反論する者もなく、皆々黙って道三の言うことに耳を傾けていた。
ややあって、重臣たちの傍らに控えている光秀に目をやった道三は
「光秀よ。そちに一つ、頼みがある」
と呟くような声量で言うなり、そっと光秀の耳元に口を近付け、何かを囁いた。
「 !? そ、某がでございますか?」
「そうじゃ。それが済んだら、後はどこへなりと好きな所へ行くが良い」 https://classic-blog.udn.com/a440edbd/180846781 https://mathew.blog.shinobi.jp/Entry/6/ https://ypxo2dzizobm.blog.fc2.com/blog-entry-102.html
「…大殿…」
「さらばじゃ光秀。達者で暮らすのだぞ」
道三が笑んで告げると、光秀は今にも泣き出しそうな表情になりながらも、耐え忍び、慇懃に一礼を垂れると
「大殿から受けました大恩、この光秀、生涯忘れは致しませぬ。──これにて…おさらばにございます」
脱兎の如き勢いでその場から離れ、馬に股がって、どこかへ走り去ってしまった。
「大殿、光秀殿はいったいどちらへ?」
道空が白髪混じりの太眉をひそめながら伺うと、道三は遠ざかってゆく蹄(ひづめ)の音に耳を傾けながら
「何、未来の主君候補の面を、一足先に拝みに行かせただけよ」
脂の浮かんだ丸顔に、清々しい程の笑みを湛えるのだった。
それから一時も経たぬ内に、道三、そして義龍の両軍が、それぞれに陣を構えて対峙した。
初めは道三勢の柴田角田と、義龍勢の長屋甚右衛門による一騎討ちとなり、二人は両軍の真ん中で激しくぶつかり合った。
勝負は道三側の柴田が長屋の首を挙げ、晴れがましい手柄を立てたが、その後は両軍ともに双方からかかり合い、敵味方が入り乱れる大乱戦となった。
道三勢は最初こそ優勢に戦を進めていたが、小規模な道三の軍が二万近い義龍軍をいつまでも抑え続けられる訳もなく、
一人、また一人と味方の兵たちは倒れてゆき、とうとう道三の前に義龍勢が押し寄せて来たのである。
やがて義龍側の長井忠左衛門道勝が、道三と渡り合うべく、彼のもとに突進して行った。
道三は自ら太刀を振るい、組み付いて来る道勝と大いにもみ合った。
道勝は道三を討ち取るのではなく、生け捕りにして義龍に引き渡すつもりであったが、
そこへ小牧源太なる荒武者が走り来て、まるで手柄の横取りを図るように、道三の脛(すね)をザッと薙ぎ払ったのである。
「あっ!」と声を上げ、思わず体勢を崩した道三をそのまま押し伏せ、源太は奇声を発しながら己の太刀を大きく振り上げた。
その刹那、地に頬を付ける道三の老眼に、澄み切った快晴の空が映った。
目が痛くなる程の青々とした空である。
そんな空に、幻しか、はたまた誰かの血が飛び上がったのか、道三は一匹の紅い蝶を見た気がした。
その蝶は二枚の美しい羽を優雅にはばたかせながら、尾張の方角から稲葉山城のある方角に向かって真っ直ぐ飛んでゆく。
Posted by beckywong at 00:58│Comments(0)